バーナビーは無線の声を聞いて、タイガーに噛みつくかと思う程、怒鳴りつけた。

「待機!?」
「ああ」
「待機って、どういう事ですか!? アジトはすぐそこなんでしょう!」
「俺だってわかんねえよ! とりあえず待機しろって」

 焦りの色を隠せないバーナビーを、タイガーは必死で抑えようとした。
 悠長な事をしている暇はないというのに、上の命令は、今はここで待機しろという。逃げられたりでもすれば、ウロボロスの手がかりがなくなってしまう。バーナビーはその前に何としてでも犯人を逮捕したかった。
 苛立ちを露わにしてしているバーナビーを、タイガーは宥めていたが、アニエスの事が通信に入ってきたのだった。

『ボンジュール、ヒーロー。お待たせしたわ。教会に潜む犯人はわかっているだけで七名。重火器を所持している可能性もあるし、ネクストもいるかもしれない。気をつけてね。良い? 警察がようやく突き止めた犯罪組織よ。ヒーローTVのメンツに賭けても、絶対に取り逃しは許されない。でも、よく言えば、ポイントを一気に稼ぐ絶好のチャンス』
「だそうだ。良かったな」

 アニエスの説明を聞いて、タイガーは相棒におちゃらけてみせた。しかしバーナビーはもうそれに口答えをする余裕がないらしい。黙りこくって教会を見据えている。

「ポイントどころじゃねえか」

 バーナビーの心中を察したタイガーはそう呟いて同じ場所を見つめた。

「――もし、アジトの奴らがウロボロスの一味なら、あの蒼い炎のネクストが現れるかもな」

 タイガーが呟いたのを聞いて、バーナビーは驚いて振り返った。いつもへらへらと笑っている顔が、いつになく真剣で大人びていた。

「犯罪者ばっかり消されてんだ。当然、奴を組織の口封じ役にするのが筋、違うか?」
「……まさか、おじさんがそこまで考えていたとは」
「全部ファイヤーエンブレムの受け売りだ」
「なるほど」

 まさかタイガーがそこまで考えていると思わなかったバーナビーは、誰かの受け売りと聞いて納得すると、教会に視線を向けた。

「――お前の境遇には同情する。はやる気持ちもわかる。けど、仕事は仕事だぞ」

 焦り、苛立ち、怒り、殺意、無力感。
 バーナビーの中を引っ掻き回すようにしながら膨れ上がる。だがそれをタイガーに悟られぬように答えた。

「……わかってますよ。それに、同情は結構です。仕事は、仕事ですから」
「――かわいくねーのは相変わらずだなあ」

 やせ我慢だというのはタイガーには一目瞭然だった。本当は仕事なんて放り出して、犯人を捕まえて問い詰めたいというのがありありとわかる程だった。
 再びディレクターからの通信が入る。

『今回は特例として、ヒーロー同士の回線を繋げるわ』
「それ、昨日の夜も聞いたような……」
「僕がいなかった時ですか。そんなに手ごわかったんですか、犯人が」
「そんな事はなかったけどよ。それよりも昨日は、突然変な声が通信に割り込んできて、」
『十秒前よ、CM開けたらスタート!』
「――やっぱ後で話すわ」

 本番になる前に終わる話ではないので、タイガーは一度話しを止めてアニエスのカウントダウンを待った。

「なあ、バニー」

 教会を真っ直ぐに見据えながら、タイガーが呟いた。

「もし、あのネクストが現れたら――――」

 タイガーの言葉は、盛大な爆音で遮られた。その音は、まさに今、突入しようとした教会からあげられていた。

『おい、一体どうなってんだよ!?』
『もしかして――!?』

 慌てるヒーローたちをよそに、教会は炎に包まれた。その色は、赤い炎ではなく蒼い炎。
 タイガーは辺りを見回すと、スポットライトに照らされているネクストを見つけ出す。

「……出やがったな」

 予想していた事なだけにタイガーは冷静だった。しかしバーナビーは違った。雄叫びを上げながら能力を発動させると、我を忘れてネクストに突っ込んでいった。
 ネクストは追い討ちをかけるように教会に炎を放つと、嘲笑うかのように街の中へと飛んでいく。
 タイガーはバーナビーとは別の方向へ走り出す。

「――ふざけやがって!」
『どうする気だ、虎徹!!』
「決まってんだろう、人名救助だよ!」

 タイガーはためらう事なく、教会の入り口を蹴破り中へと侵入した。

「おいバニー! こっちは俺たちに任せろ! お前はあいつを追え!!」
『絶対ふん捕まえて頂戴ね!』

 バーナビーの事情をしっているファイヤーエンブレムも、タイガーに続いて檄をとばす。
 教会の中に先に入ったのはタイガーとロックバイソンだった。犯人を座しながら講堂に向かうと、銃声と叫び声が聞こえてきた。ちらりと壁から覗けば、こちらが攻撃してきたと誤解している犯人たちが重火器を持って応戦しようとしていた。
 その時だった。電波の入った時に鳴るガリ音が聞こえる。

『――ヒーロー諸君、わたしの声が聞こえるか』

 聞き慣れない男の声に、ヒーローたちは困惑しながら辺りを見回した。

『おい、なんだよまた変な声が、』
「構うな、良いからこっちに集中しろ!」

 声があのネクストだと気づいたタイガーは、動揺するロックバイソンに言い聞かせて目の前の犯人たちを助ける方法を考えていた。

『君たちの語る正義は、実に弱く脆い』

 煙に捲かれた犯人たちが、その場でバタバタと倒れていく。タイガーとロックバイソンは倒れた犯人を助けようと近付くが、建物の屋根が焼き尽くされ、頭上から降り注ぐ。

『救うことも、裁く事もできない哀れなヒーロー達よ。まだ己の愚かさに気付かないというのか』

 目の前で押しつぶされた犯人を見て、タイガーは顔をしかめた。だが、すぐ近くに倒れている犯人を見つけ出し、抱える。ロックバイソンに頭上を守って貰いながら外に出ると、犯人の息はなかった。
 タイガーはフェイスカバーを外すと、ためらう事なく人工呼吸を始めた。
 何度も息を吹き入れ、心臓のある部分である胸を心拍数と同じ感覚で押さえつけた。

『そんな諸君らに、本当の正義を教えてあげようではないか』

 何度も同じ事を繰り返すタイガーに、ロックバイソンはいたたまれなくなって腕を掴んだ。
 無我夢中で人工呼吸をしていたタイガーだったが、ロックバイソンが首を振ったのを見て我に帰る。犯人は、口や目を半開きにして生を切り取られたように横になっていた。
 無力感がタイガーを襲う。押さえきれない感情を雄叫びにして吼えた。

『――ズラースチェ、ヒーロー』

 炎を使うネクストとは違う声が通信を通して聞こえてくる。それは昨日突然ノイズと共に現れた何人もの声が合わさった機械音声だった。

『……聞いていれば、ずいぶんと面白い人がいるようだね』
「――今お前と話しをしてる暇なんて、」
『教壇の石畳の下にある隠し通路から、逃げようとした犯人の一人が、一酸化炭素中毒で倒れている。早く行け』

 肩を落としてうなだれていたタイガーは当たり散らそうとしたが、機械音声の言葉ではっとした。

『おい虎徹!』

 タイガーはロックバイソンの静止を振り切って崩れかけの教会の中へ突っ込んでいく。

『――貴様、以前私を狙った者だろう?』
『気付いていたのか』

 タイガーは講堂の道を一気に駆け抜ける。焼けただれたパイプオルガンの横にあった石畳が少しだけずれているのを見つけた。

『二度も私の正義を妨害するとは、貴様は何者だ。こんな脆弱なヒーローたちに、何故手を貸している』
『貴方に言う義理はない』
『――こんなわけのわからない者を頼って、正義を語るなんて、所詮君達はその程度の正義――偽りの正義だ』

 石畳を引き剥がすと、風化しかけた階段が現れた。

『私の名はルナティック。私は私の正義で動く』
 階段を降りていくと、すぐ傍に男が倒れていた。だが、男だけでなくもう一つの気配を洞穴の先に感じ取って、タイガーは身構えた。アームについているライトのボタンに指をかけた瞬間だった。

『ライトは付けるな。貴方を殺す事になる』

 通信機器を通してからでなく、直接機械音声が話しかけてくる。
 階段から差し込む光から身体をうまく隠していて、機械音声の正体を見る事ができない。

「てめえ、何が目的なんだ!? どうして俺達を助けるような事をする!?」
『……君には関係のない事だ。早くそいつを助けたら、バーナビー・ブルックスJrの元に急げ』
「バニーの……? どういう事だ!?」
『彼の能力の残り時間は三十秒だ。彼は怒りで我を忘れてそれに気付いていない』

 能力が切れれば到底勝ち目がなくなる。だが、それでも今のバーナビーならルナティックに突っ込んでいく可能性が高い。相手は殺人犯だ、怪我一つではすまないだろう。そうなる前に止めなければ。バーナビーを。
 タイガーは後ろ髪を引かれる思いを振り切って、倒れている男を抱き上げると、能力を発動して力の限り飛び上がった。

「……よろしくお願いしますね、虎徹様」

 変声器を外して呟いたシシーは、隠し通路の先へと駆け出したのだった。






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