***20***

 夢を、見ていた。
 何度も見たクリスマスイブのあの時を。動かなくなった両親、燃え盛る炎、クリスマスツリー、今まで朧気に見えていたものが段々と鮮明になっていく。最後に目に映ったのは、二人の傍らに立つウロボロスの刺青の男。いつもの夢とは違って、男の輪郭がはっきりと見える気がした。
 このまま男が振り返れば、顔を見る事ができるかもしれないと、バーナビーは恐怖で今にも逃げ出しそうな気持ちを抑え、必死に見つめた。
 男がゆっくりと振り返った。見えかけた瞬間、やはりいつものように男の顔は炎に包まれた。
 だが、いつも見る夢よりも鮮明な映像に、男の顔が見える気がして、バーナビーは恐怖で体を強張らせても尚、男の顔を見つめていた。
 夢に、聞いた事のある音が混じる。それはゆっくりと大きくなって、ついには夢すらも打ち消してしまった。バーナビーは、PDAの音によって夢から引き戻されてしまった。

「――もう少しだったのに」

 バーナビーは悔しさのあまり拳を硬く握りしめる。
 気怠さの残る身体を動かしてカプセルから外へ出ると、けたたましい警報と共に、自分を呼ぶ声がするのに気付く。

『タイガーアンドバーナビー、出動要請発令。現場はダウンタウン地区の協会跡地。急行してください繰り返します――』

 すぐ横のカプセルで、同じように休んでいただろう虎徹の姿はなかった。バーナビーは急いでスーツに着替えて外に出ると、タイガーは既にバイクに乗って待機していた。
 タイガーは指を小刻みに動かして、今にも一人で出動しようとする衝動を抑えている。
 待ってくれていた事に安心して溜め息をついたが、まだ気を許していないバーナビーはとげとげしい口調でタイガーに言った。

「いたんですか」
「――警察が極秘に追ってた犯罪組織のアジトを突き止めたんだと」

「犯罪組織……」

 二人は頭の中で、同じ事を考えていた。もしかしたら、その犯人組織がウロボロスかもしれないと。
 バイクでダウンタウンへと向かう二人だったが、会話はない。話しかけ辛い雰囲気が二人を覆っていた。
 携帯電話の着信音がどこからか鳴り出した。バーナビーはその音が自分の物ではないとわかると、横目でチラリとタイガーを見やった。慌てて携帯電話を取り出している。

「……仕事中なんですから、電源は切っておいてくださいよ」
「いやー悪い悪い!携帯変えたばっかでよくわかんなくって」
「ずいぶん前からそれでしたよね?」
「あ、そだっけ?」
「これだからオジサンは――」

 バーナビーの溜め息に、タイガーは頭を掻きながら笑った。
 携帯電話の画面を見ると、電話ではなくメールが届いていた。送り主はシシー。
 悪態をつける程に元気になっているバーナビーの様子を見て、きっと昨日はうまくいったのだろうとタイガーは安堵の溜め息をついた。
 昨日とは、シシーがバーナビーの元に行く少し前の事だ。虎徹の部屋からグラビア雑誌を発見されたその数分後の事。

「違うんだよシシーちゃん、マジで誤解しないで!? 俺はこれの為に買ったの!」

 虎徹は雑誌をめくってあるページをシシーの前につきだした。
 そこにはがたいの良い覆面をした男が、水着を着てポーズを撮っていた。

「――――虎徹様は、男性が好みでした、」
「ちーがーう! よく見てここ!」

 虎徹は開かれたページの見出しを叩きつけるように指差した。
 ミスターレジェンドに秘密の質問! と大々的に書かれた文字。

「ミスターレジェンドがでてる本はつい買っちゃうんだけどよ、なんつうか、こういう本はやっぱ一目に付かないとこに隠しといた方がいいだろうと思ってさ」
「――虎徹様は、本当にミスターレジェンドがお好きなのですね」
「え? 俺前にも言ったっけ!?」
「あそこに古いレコードが何枚もかけておられるじゃないですか」

 シシーが指差した壁にはレジェンドのレコードが数枚、飾ってあった。

「レジェンドは、俺のポリシーみたいなもんなんだ。レジェンドがいなかったら今頃俺はヒ、」

 言いかけて、しまったと口を両手で隠した。シシーは虎徹がヒーローという事を知らないからだ。シシーは最後の言葉がしっかりと聞こえたようで、首を傾げて虎徹に訊いた。

「ひ?」
「あ、いや……ひ、ひ――そうだ、人!」
「人?」
「人がさ、困ってる時に……こんな風に助けたいなんて思ったりしなかったかも、な」

 虎徹は掛けられているレジェンドの古いレコードをじっと見つめた。この人がいたから自分に自信が持てた。この人がいたからヒーローになる夢も希望も持てた。

「――助けたいと思えば、相手がそう思っていなくても、助けてあげても良いのですか?」

 真っ直ぐな瞳をしてシシーは訊いた。

「あ、あったりまえだろ!? 相手が口に出してなくても、そんなのしったこっちゃねえよ! 助けてあげるのが世の常ってもんだ」
「それが余計なお節介だったとしても?」
「そ、それは後から決まるんだよ! 困ってる人がいたら助ける! シンプルで良いじゃんか」

 シシーにまで余計なお節介ではと言われたのがショックだった虎徹は肩を落とす。そんな虎徹に全く気付く事なく、シシーはキュッと唇を結び、拳を握りしめた。

「――私は、あの方を助けたい」

 ゆっくりと静かに言ったシシーの瞳には強い信念があった。
 虎徹は使用人としてではないシシーの初めて見る決心に、思わず頭を撫でまくる。

「そっか、そっかそっか! シシーちゃんは偉いなあ!」

 乱暴ではあるが、大きな暖かい手に、いたかどうかすらわからない父親を垣間見た。

「虎徹様、そろそろ」
「あ、悪い悪い……って、シシーちゃんどこいくの!?」

 虎徹の猛攻撃が終わると、鞄を持ったシシーは頭を下げて踵を返した。真っ直ぐ行く先には玄関がある。

「バーナビー様を助けて参ります」
「今から!?」
「今じゃないとダメなのです。私の事をあの方がどう思ってようが、知った事ではございません。これが、私の意思ですから」

 シシーは玄関の前でもう一度頭を下げ、「ありがとうございました」と言って外に出て行ってしまった。
 これが昨日の出来事。

「思い立ったが吉日、か……」

 ジャパンのことわざを思い出して、虎徹はふっと笑った。
 バーナビーの態度は相変わらずだが、犯人が死んでからの近寄りがたい鋭い殺気が消えている気がした。きっとシシーのお陰かもしれない。
 仲直りでもしたのだと思い、虎徹は二人の仲むつまじい姿を思い出して口の端をあげた。

「――何にやついているんですか?気持ち悪いですよ」
「へっ? そうかあ? ま、バニーちゃんも相談したい事があったらなんでもボクに言いなさいね!」
「誰が貴方なんかに――――」

 何故か得意げにふんぞり返っている虎徹を見て、何かまた一つ悪態でもついてやろうと思ったバーナビーだったが、相談と聞いてまたあの事を思い出してしまった。
 ――復讐と、恋心。
 既にでている答えは、やはり納得がいかなくて。
 他の答えが欲しかったのだ。どんなものでもいい。シシーと一緒にいられるのなら。

「良いでしょう、聞いてください」
「おう! どんとこいだ!」

 もしかすると、破天荒なこの男がその答えを壊してくれるかもしれないと、バーナビーは一抹の望みをかけて、虎徹に訊いた。

「……大事な人が二人、溺れています。片方助ければ、どちらかが死にます。貴方ならどうしますか?」

 話を遠まわしな言い方にしたのは、虎徹に犯人への復讐心とシシーの事が好きな事を知られたくもなかったのだ。それに難しい話をすると、虎徹の頭では理解できなくなるかもしれないから。

「両方はダメなの?」
「駄目に決まってるでしょう」

 それができたら苦労はしない。シシーといれば、復讐の炎が消えてしまう。逆もまた然り。
 虎徹は唸って、腕を組んだり、こめかみに人差し指をつけてくるくるしたりと、悩みに悩んでいる。
 しばらく悶絶していた虎徹は叫んで鼻息を荒くして言った。

「無理だ! 俺は片方だけを見捨てるなんて事は絶対に出来ない!」
「どちらか切り捨てればいいんですよ」
「無理だっつってんだろ!? 大体、どっちも助けられないのがおかしい! どっちも助けられなかったら、ヒーローじゃねーだろ!」
「ヒーローは関係ないと、」
「それに、俺は一人でヒーローやってるんじゃねえ! バニーがいる! だから二人で助け合えば、大事な人とやらも、どっちも助けてやれんじゃねえか?」

 ニカッと笑う虎徹に、バーナビーは思わず顔を背けた。
 あれだけ酷い態度を取っても尚、自分を馬鹿正直に信じている虎徹に驚いた。
 さらに、あれだけ一つしかないと思っていた答えが、こんなに簡単に見つかるなんて思わなかった。
 助け合うという、生まれてこの方浮かばなかった選択肢に、バーナビーは動揺していた。それと同時に、可能性を秘めているその言葉に、ほんの少しだけ期待してもいいのかもしれないと思った。

「……やっぱりオジサンは馬鹿ですね」
「馬鹿ってなんだよ馬鹿って!?」

 文句を投げつける虎徹を尻目に、バーナビーはスーツのフェイスを降ろしてから笑う。話を聞いてもらったからか、バーナビーはなんとなく心が軽くなった気がした。

「ほら。つきましたよ、オジサン」
「ったく、これだから最近の若いモンはよ……」

 バイクをドリフトさせて停車した。ハイウェイからは街の一角を見下ろす事ができた。その中心には、古ぼけた協会が静かに佇んでいたのだった。




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