***5***
「おはようございます」
「おはようございます、バーナビーさん」
前のデスクに座っている社員と朝の挨拶もそこそこに、アポロンメディアに出社してきたバーナビーの目に映ったのは、顔を雑誌にうずめてチラチラとこちらを覗き見る虎徹の姿だった。
「――何してるんですかおじさん。チラ見なんかして気持ちが悪いですよ」
「今日は何言われても、おじさん、ぜんっぜん平気だもんね!」
笑顔、というよりは何か企んでいる顔をしている虎徹に、バーナビーは訝しげな顔をしながらデスクに座った。
「で! で!? あの子とはどういう関係なのよっ!!」
「はあ? ネイサンみたいな口調で何言ってるんですか」
「とぼけるんじゃないわよっ!! 昨日、俺見ちゃったんだもんね」
虎徹はわざとらしくキョロキョロと周りを見てから、バーナビーに近付いて耳打ちをした。
「お前が、超綺麗な子と、お手手繋いで歩いてるの、見ちゃったもんね」
バーナビーは昨日の事を思い出す。楽しかったと言われた事がうれしすぎて、人目をはばからずに手を繋いだ事を今になって気付く。さらにそれを知人に見られていたのを知って、バーナビーはみるみるうちに赤く染まっていった。
それを見て虎徹は口を手で抑えて、オホホホと気持ちの悪い笑い声出しながらバーナビーを肘でつついた。
「あらあらバニーちゃんったらあ、隅におけないんだからっ」
「ちが、違いますよ! ていうかその話し方、本当に気持ち悪いですってば!」
「そーお? つか、違うってどういう事だよ」
一番見られたくない人に見られたと思いながら、バーナビーは深く溜め息をついて言った。
「……うちの使用人、ですよ」
「あーんなに嬉しそうに手繋いでたのに?」
「嬉しそうになんてしてません!!」
バーナビーは立ち上がってデスクを叩いた。その音に驚いた社員の視線がバーナビーに向けられた。
しまったと、バーナビーはこちらを見ている社員に頭を下げると、デスクに座って頭を抱えた。
そんなバーナビーを余所に虎徹はニコニコ笑いながら小声で訊いた。
「でさでさ、バニーちゃんはさ、」
言い終わらないうちにバーナビーは虎徹を睨みつけると眼鏡のブリッジをあげながら低い声で静かに言った。
「貴方の思ってるような関係じゃありませんし、それ以上詮索するようなら僕本当に怒りますからね」
「は、はい」
あまりのバーナビーの変わりように、これ以上この話は聞いてはいけないような気がした虎徹は、それ以上なにも聞けずに自分のデスクに大人しく座って仕事に手をつけたのだった。
------------------
今日はコンビとしての出動がないまま、定時の時間となった。虎徹は娘と約束したプレゼントを買う為に、早めに退社しようとデスクから立ち上がった。
「すんません、俺先にあがるっす」
「はいお疲れさん」
「…………お疲れ様です」
「――お疲れさーん」
朝に怒らせてから、ほとんど口を聞いてくれないバーナビーに、虎徹は溜め息をついた。
帰り道を歩きながら虎徹は昨日のバーナビーの笑顔を思い出していた。あんな顔、コンビになってからも一度も見たことがない。
いつもむすっとしていたバーナビーの顔が笑っていたのをみて、虎徹は純粋に嬉しかったのだ。
ついでに聞いてみたい事があったのだが、それを聞く前に機嫌を損ねてしまった。それは明日聞けばいいかと虎徹は考えながら、今度はバーナビーと一緒にいた少女を思い出していた。
「――それにしても、バニーちゃんったら隅におけないんだから。あーんな綺麗な子とイチャイチャしちゃってさ!」
遠目からだったので顔は正面から見ていなかったが、横顔を見ただけでも人形のようだった。プラチナブロンドと、細くて長い脚がとても印象的な少女だった。
「ブルーローズと同い年かそれくらいか? そんな子が使用人なわけないだろうに。バニーは嘘が下手だなあ」
歩きながら一人でにやつく虎徹を、通りがかりの子供が指差し、親がそれを制止した。虎徹はそれに気付かない。
そういえばと、娘のプレゼントの事を思い出して、何を買おうか頭を一杯にしながら歩いていた時だった。