「お姉さーん、一緒に遊ぼうよ」

 良くある不良の台詞が、曲がり角の先から聞こえてきた。少しだけ覗いてみれば、案の定少女を囲んで男が四人、へらへらとした笑いを浮かべていた。

「大変申し訳ありませんが、私はこれから買い物がありますので。失礼致します」

 淡々と答えながら、少女は四人の隙間を縫ってその場から去ろうとしたが、勿論男たちはそれを許すわけがない。一人の男が少女の手を掴んで笑った。

「誰が行って良いなんて言ったよ!」
「俺らと楽しい事しようぜえ?」
「……これ以上邪魔をすれば容赦致しません」

 そう言って少女は凄んだが、男たちは下品な笑い声をあげた。

「容赦致しません、だとよ!」
「どう容赦しないのか教えてくれないかなあ!」

 男たちが少女を壁に追いやった時だった。

「警察さーん! こっちよー!」

 明らかに不審な虎徹の裏声が辺りに響き渡った。警察という言葉に驚いた男たちは、焦って逃げ出していった。

「行ったみたいだな」

 逃げ出した男たちを不思議そうに見つめていた少女が振り返った。
 その少女に、虎徹は見覚えがあった。銀色に近いプラチナブランドの髪に、スミレ色の瞳、遠目でもくっきりとわかる綺麗な顔立ち。

「あれ? 君、バニーちゃんの」
「……バニー?」
「ああ、バーナビーの事。昨日一緒にいただろ?」
「バーナビー様のお知り合いでございますか。はじめましてナルシッサ・ベネディクトと申します」
「あ、いえいえご丁寧にどうも、鏑木虎徹っす」

 深々とお辞儀をしたシシーにつられて虎徹も帽子をとってお辞儀をした。

「えーっと、ナルシッサ、さん」
「シシーで構いません虎徹様」
「様とかいらないから! で、単刀直入に聞くけど、シシーちゃんはバーナビーの恋人なの?」
「とんでもございません。私はバーナビー様の使用人でございます」

 シシーもバーナビーと同じ事を言ったので、虎徹は頭をかいた。

「……本当に?」
「はい」
「本当の本当に?」
「はい」
「ただの使用人?」
「はい」

 辻褄をあわせている感じではなさそうだし、これ以上聞いても同じ言葉しか帰ってこないだろうと思い、虎徹はそれ以上言わなかった。変わりに、バーナビーにききたかった事を訊いてみた。

「シシーちゃん、バニーの事好き?」

 シシーは目をぱちくりさせて、逆に虎徹に訊いてきた。

「質問の意図がよくわかりません。すき、と申しますと?」
「えっ!? いや、なんつーか、一緒にいて楽しいだとか、安心するだとか、ずっと一緒にいたいだとか。そんな感じの気持ちがあるかって事、かな」

 虎徹は頬を掻いて視線を泳がせた。
 相手が好きな気持ちなんて人それぞれだし、それこそ顔が好みだから好き、というのも理由になる。なんとなく自分が好きになった理由を、左手の薬指にはまる銀色の指輪を見ながら思い浮かべたのだった。
 シシーは首を傾げている。

「一緒にいて安心しますし、ずっとお側にいたいと思っております」
「それじゃ、」
「使用人ですので、それは当然の事でございます」

 虎徹の肩がガクリと落ちた。

「使用人として、か」
「――でも」
「でも!?」
「昨日は、バーナビー様と一緒にいて、とても楽しい気持ちになりました。それは使用人としてではない事だけはわかります」


 無表情で楽しかったというシシーを見ながら、虎鉄はから笑いをしてシシーの頭をくしゃりと撫でた。

「は、はは……そっかそっか。昨日楽しかったかー!」
「はい」
「楽しかったら、笑ってやればいいのによ!」
「……笑、う」
「そうそう!こーんな風にな」

 虎徹は自分の口の両端を指で持ち上げた。

「ほう?」
「――面白いお顔でございます」
「いやここ笑うとこでしょ……」
「さようでございましたか」

 尚も無表情な顔をしているシシーを見て、虎徹は昔見た映画を思い出した。未来から、現代にすむ少年と母を助ける為に来た機械人間の男。その男も、確か無表情で楽しいとか言っていたような気がする。というかまさにそれだ。その映画に出てきた機械の男の、女版。

「……ターミネーチャン」
「何か?」
「や、なんでもないっす!」

 オヤジギャグを呟いたが、シシーには聞こえなかったようだった。虎徹は笑ってごまかすと、シシーの肩を叩いた。

「もう遅いから、早く買い物済ませて帰るんだぞ」
「はい」
「なんかあったら、いつでも連絡していいぜ」

 虎徹は胸ポケットから名刺入れを出して一枚だけ引き抜くと、それをシシーに渡す。会社の名前、虎徹の名前と、そしてその下に携帯電話の番号とメールアドレスが書いてあった。

「バーナビーによろしくな!」
「かしこまりました。あの、」
「ん?」
「虎徹様は、なんとお呼びすればよろしいのでしょうか?」
「へっ?」

 全く予想外の質問に虎徹はずっこけそうになった。髭を触って少し考えてから、ぴんときたのかニヤリと笑って言った。

「お兄様、とかどうよ?」
「かしこまりました。ではお兄様、ごきげんよう」

 初めに挨拶した時と同じようにシシーは頭を下げるとさっさと歩いて行ってしまったのだった。

「突っ込むとこだよ、ターミネーチャン……」

「おーい」と既に角を曲がって見えなくなってしまったシシーに呼びかける、寂しいオヤジはその場で立ち尽くしていたのだった。




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