コバルトブルーの瞳で
もし愛ってものが本当にあると信じるなら、教えて欲しい。
そんなもの、どこに落ちてるのかと。
母親は私を産んで死んだ。
父親は私を娘として愛してくれなかった。
ナマエって名前だって、誰に貰ったかも覚えてない。
ただ、親から付けられたものではないのは確か。
友人なんて呼べる存在はいないし、男はみんな私の身体目当てで寄ってきた。
目の前のこの男だってきっとそうだ。
名前も知らない。
月に照らされる黄金色の髪とブルーの瞳が美しいその男とはウォールマーケットの裏路地で出会った。
私を見て、少し驚いたような困ったような顔をしたのを覚えてる。
会ったことがある?と聞いても、いいや。と無愛想に答えるだけで、それ以上語ることは無かった。
初めて身体を重ねたのは、その次の夜。
どこで会ったかも覚えていない男に無理やり腕を引かれているところを彼が引き止めて、私たちを追う男から逃げるように入った宿で、そのまま。
いやに優しく私を抱くその動きに、変な気持ちがした。
それから、思い出したように出会っては夜を共にした。
憂さ晴らしをするみたいに、でも、変に優しく。
その夜も事を終え、シャワーを浴びて男の元に戻ると、妙に真剣な顔をしたそいつがいた。
「もう、終わりにしないか。」
優しい瞳で、私をじっと見つめる。
「……どうしたの、いきなり。」
何か違和感を感じる。
いつもの感じじゃない。
「こんな関係、もうやめないかと言ってるんだ。」
「やめるもなにも、そんな事わざわざ言わなくたって勝手にやめれば?」
じゃあ帰るから、と荷物をまとめる。
なんだかおかしい。このままここに居ては行けないと本能で感じて、急くようにドアノブに手をかけた。
その手は、それをひねる前に止められる。
「……何のつもり。」
振り返れば、すぐそこに焦ったようなそいつの顔。
手を重ねられて、指を絡めて握られた。
いけない、逃げないと。何かがおかしい。
「行かないでくれ。」
離して、と言おうとした私の腕を引いて、薄紅の唇が私のそれに重ねられた。
啄むように、溶かすように、何度も口付けては離れて、また触れる。
こんなの、いつもの私たちじゃない。
その胸板を押し離して、口を袖でぐいっと拭って見せた。
「どういうつもりか知らないけど、するのをやめるなら会う理由なんて無いでしょう。」
睨みつけたその目は、私を捉えて離さないと言うかのようにじっと見つめて離れない。
本当に、なんなの、こいつ。
文句でも言ってやろうか。そう思った瞬間、胸がズキリと傷んだ。
……何、これ。
そっと私を抱きしめる彼の腕が、暖かくて仕方がない。
知らない、こんなの。
なんなの一体。私が私じゃないみたいだ。
おかしい。早く離して。
そう思うのに、私の腕は彼を突き飛ばしてくれない。
止めなきゃ、やめなきゃ。そう焦る私に、ついに彼が口を開いた。
「一緒にいたいんだ。こんな関係じゃなくて、ちゃんと。」
「それ、どういう、」
震える自分の声に、馬鹿じゃないのと思う。
聞きたくない、この続きは。
言わないで。聞きたくないの。言ったら私は、
「好きだ、あんたの事が。」
ぽた、と何かが頬を伝って落ちた。
「泣いてるのか。」
「私が?そんな訳、」
頬を手のひらで拭うと、濡れてるのが分かってしまう。
泣いてる、私が?
「……支えたいんだ。あんたの過去も、これからも。」
「馬鹿みたい。」
「かもな。でも本気だ。」
どう言えば良いか分からなくて、口を噤む。
俯いて伏せた瞼に、彼はキスを落とした。
「……愛なんて、分からない。」
「俺が教える。」
「信じられない。」
「何度でも、信じられるまで教えてやる。」
彼の手が頬を撫でて、私の目は彼を見つめた。
「クラウドだ。」
「……クラウド、」
「ああ。あんたは」
「……ナマエ。」
「ナマエ、綺麗な名前だな。」
彼の言葉に、ふと笑ってしまった。
馬鹿みたいだ。クラウドも、私も。
文句をつけるのも疲れたので、彼の胸に頬を寄せた。
「クラウドを、好きなのかは……分からない。」
「ああ。」
「それでも、いい?」
「元々そのつもりだ。」
クラウドが私の手を握って、指で手の甲を撫でる。
その感覚が心地いい。
「……恋人みたい。」
「そうだろ。」
「そうなの?」
「あまりすっとぼけてると怒るぞ。」
なんとなく思った。
彼は……クラウドは、きっと、もう私の心なんて見透かしてるんだろうなって。
その、透き通ったコバルトブルーの瞳で。