お前だけじゃない





「おはよう」

目が覚めると、1番に飛び込んでくる魔晄色の瞳とチョコボ頭。
これは、実に心臓に悪い。

「あっ、お、おはよ……」


昨日から彼の家に泊まっているのをすっかり忘れていた私の頬は、瞬間に真っ赤になった。

毎度泊まりに来るたびにこうだ。
すぐに照れる奥手な私を、彼はたぶん弄んでいる。


「えっと……歯、磨いてくるね!」


近付いて来た唇をすんでのところで避けて、私はベッドから這い出した。

ほんと……あんなきれいな顔を目の前に「恥ずかしがるな」って方が無理な話でしょ……

歯ブラシの、赤色の方を手に取る。
手が青の方の歯ブラシに触れちゃいそうでちょっとドキドキしながら、歯ブラシ立てから引き抜いた。

こんな事にさえ、いつまで経っても慣れない。

あーだこーだ考えながらブラシを口に突っ込もうとした瞬間。



「寝癖、ついてるぞ。」

「うわぁっ!
び、びっくりした……」


突然髪に触れたその細くてしっかりした指先に、びくっと肩が跳ねた。


「可愛い。」

「そんな事、ないです、」


急いでドライヤーとヘアアイロンで寝癖をおさえつける。
今日は2人で出掛ける予定だ。
どうせ彼の準備はさっさと終わってしまうから、なるべく待たせないようにこちらも終わらせてしまいたい。

手早く着替えて、メイクも早めに終わらせて。
今日の服も似合ってる、なんて彼の言葉にワタワタしながら、私たちは家を出た。






ナマエは、不思議な魅力を持っていると思う。
俺が彼女を褒める度に彼女は頬を赤らめて、それを見ると堪らなくなって。
そして、また彼女が照れるような言葉を投げたくなる。

そんな事を、もうしばらく続けてきた。

それでもその魅力が尽きることは無いから、ナマエは不思議だ。


家を出てから少し車を走らせた先にある、大きめのショッピングモール。
洒落た店のウィンドウを見る度に、あれもこれもナマエに似合うな。なんて思いながら、かれこれもう2時間くらいは歩いたか。


ふと、ナマエの歩き方に違和感があることに気がついた。


「ナマエ。」

「うん?何?」

「足、痛いんだろ。もう帰るか」


足元に目をやると、小指とかかとの所が靴擦れしている。
今少し休んだところでどうこうなる感じではない。

すると、ナマエがぶんぶんと首を横に振った。


「えっ、嫌だ。まだ大丈夫だよ。」

「でも赤くなってるぞ。」


彼女をベンチに座らせるが、ナマエはまるで帰る気が無いようで俺をじっと見つめてくる。
珍しいな、こんなにナマエが折れないのは。


「ほんとに大丈夫。まだ帰らない。」

「何でそんなに意固地に……」

「だって……もったいない、から。」

俯いた彼女の顔を覗き込んだ俺に、ナマエは少し目を逸らして蚊の鳴くような声で呟いた。


「もったいない?」

「まだ……えっと、もうちょっと……
一緒に、いたい……」


真っ赤な顔で、少し涙目になったナマエが俺を見上げる。

……駄目だな。


「帰るぞ。」

「えっ!?ちょっ、聞いてた!?」

「聞いてた。」

「だったら何で、」

「あんたが可愛すぎるのが悪い。」

「はっ……!?うわっ!!クラウド!?」


半ば無理やり彼女を立たせて、荷物を奪い取る。
車に乗り込んだ瞬間、俺はその唇を奪った。


「く、クラウド、」

「またいつでも一緒に来よう。
でも今日は、俺のわがままを聞いてくれ。」


俯いて、ゆっくり頷くナマエ。
その耳まで真っ赤なのがあまりに可愛くて、次はそっちにキスを落とした。


「愛してる、ナマエ。」

「も、ほんとに……勘弁して……!」


ハンドルを握った逆の手で彼女の手を握る。
バクバクと音を立てて鼓動する心臓がうるさくて、少し音楽のボリュームを上げた。








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