溺れるみたいに 後編





「すまない、ナマエ。
俺たちが飲ませすぎたんだ。」

「ああ、いえいえ。楽しかったんだと思いますよ。」

「だと良いがな。じゃあ、また。」

「はい、ツォンさん。他のみんなにもよろしく伝えてください。」



レノを運んできてくれたのはツォンさんだった。
2人でベッドにレノを寝かせてから、玄関先まで彼を見送る。
車の中で待っていたルーファウス社長に頭を下げると、社長は軽く手を上げて、2人を乗せた車はあっという間に去ってしまった。


お茶くらい飲んでいけばいいのに、タークスの人間はいつも忙しない。




「あー……レノー?レノさーん……」

ベッドでグロッキーなレノの頬をつつく。


「ん゛ん゛っ……」

「っぶふ、」

まるでイソギンチャクみたいに、触った瞬間シワがよった眉間に思わず吹き出すと、その赤毛から覗いた瞼が薄く開いた。


「……ナマエ……?」

「はいはい、ナマエだよ。大丈夫?」

「んー……」


舌っ足らずな声のまま枕に顔を埋めたその髪を撫でる。

すると、いつもと違って心地よさそうなレノ。
ふだんなら、少し鬱陶しそうにあしらわれてしまうのが関の山。
それなのに今日はどうだ。
鬱陶しがるどころか、むしろ手に髪を擦り寄せて遅い瞬きを繰り返してる。



「……かわいいぃぃ……」


思わず呟くと、布団の中から伸びてきた彼の手が、私の手を握った。

次の瞬間、私は自分の耳を疑うことになる。



「……ナマエの方が、よっぽど可愛いぞ、とぉ……」


「……あっ、えっ!?」


聴き逃しそうなくらい小さく紡がれた言葉に、思わず口が開く。

いや、えっ、今、可愛いって……!?


「れ、レノ……可愛いね……」

「だぁから……お前の方が、よっぽど可愛いっつの……」


もう1回聞きたくてそういうと、望み通り帰ってきた言葉に、思わずニヤけた。

こんなレノ、素面じゃ絶対見れない……!!


これは動画を撮らねば。
そう思い立って立ち上がったそのとき、握られたままだった手が酔いつぶれた人のそれとは思えないほど強い力で引っ張られた。


「うおっ、!」


思わずその腕の中に倒れ込むと、また薄く開いた瞼が満足そうに閉じられる。
それからそっと身体を抱き寄せられて、耳元で彼がふぅ、と息をついたのが分かった。


なんか、なんだ、これ。
ど、ドキドキするじゃん……!!




……でも結局その緊張もつかの間。
そもそも眠かった私は、あっという間に彼の腕の中で眠りについた。






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「ん……?」


朝日が差し込んで来たのがうざったくて、薄く目を開ける。

っクソ、眩しくて何も見えねえな。

頭がガンガンして痛え。
身体が重い。
つか、ここどこだ……?


もう一度、今度はゆっくり目を開ける。
すると、鼻先数センチ、目の前には愛しい彼女の姿。


「うおっ、」


驚きに思わず小さく声を上げると、ナマエが「んっ……」と小さく唸って身を捩った。

あっぶねえ……起こす所だった。


……ん?ナマエ?
どうしてナマエが。
そもそも昨日はあいつらと飲んでて……


そこまで考えて、俺は頭を抱えた。


そうだ。飲み比べだっつって相手がノンアル飲んでんのにも気付かずに酔い潰されたんだ。


はぁ。とため息をついたのと同時に思い出すのは、あの時のイリーナの言葉。


「ナマエだって、絶対先輩が冷たいって思ってますって。
そんなツンツンしてないで、もう少し柔らかくなったらどうです?」


柔らかく、ねぇ。
腕の中をもう一度見やると、未だに目を覚ます気配のないナマエ。
無防備に寝息を立ててんのが、妙にクる。



イリーナ。お前分かってないぞ、と。


これ以上こいつを甘やかして、あんまり可愛くなられたら。


「こっちがもたないぞ、と。」


カッコつけてコーヒーでも淹れておいてやろうかと思って、やめた。
ナマエを抱きしめ直して、髪に顔を埋める。



もう少し、あと少しだけ、今日はこの甘さに溺れていよう。


それから今日くらいは、素直に言ってやっても良いのかもしれない。


「愛してる」の一言くらいは。








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