08. ストレート
キャミソールに下着だけのラフな格好のまま、クラウドの部屋のソファと毛布をかりて寝転ぶ。
寒くないのか。という彼の言葉に、平気へいき。と頷いた。
クラウドの部屋は、一人暮らしにしては広かった。
キッチンと繋がった大きなリビングに、2段ほどの段差を上がると、両開きのドアに隔たれた寝室と、その隣のバスルーム。
その両開きのドアはガラス張りで、白くて薄いカーテンがかかっている。
間接照明やインテリアにも多少のこだわりがあるのか、部屋は片付けられて雰囲気もお洒落だ。
隣からピアノの音色が聞こえてきて、寝室に居るクラウドをカーテン越しに見遣る。
そこには、ベッドで電子ピアノを弄る彼の姿があった。
音色が優しい。
心を包んでくれるような、暖かいメロディも私の眠気を誘う。
「きれいな曲。」
そう呟くと、彼は小さく笑った。
そして、私の問いに、少し恥ずかしそうに答える。
「誰の曲?」
「……俺が書いた。」
「クラウドが?
すっごくいい曲ね。」
そう言うと彼は、どうも。とだけ答えてまた鍵盤に指を滑らせた。
「他にもある?」
「ああ。でも……まだ聞かせられるものじゃない。」
「……クラウドは、どうしてニブルヘイムを離れたの?」
ふと、疑問が浮かぶ。
彼から故郷の話は聞いたことがないのを思い出して、私はそう尋ねた。
私の言葉に、彼が尋ね返してくる。
「あんたは?」
「……見回して、気付いたの。
こんな場所で終わりたくないって。」
「俺も、そんなところだ。」
なんだかそれだけで終わらせるのは勿体ない気がして、もう一度彼に声を掛けた。
「ねえ、クラウド。」
「ん?」
「あなたがいてくれて、良かった。」
「……もう寝ろ、疲れただろ。」
「そうね。……おやすみ、クラウド。」
「おやすみ、ナマエ。」
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1晩経って、結局これからどうするのかなんて1つもアイデアは浮かんでくれなかった。
薄暗い外の光と遠くで聴こえる雷の音で目を覚ます。
なんて最悪な寝覚めだろう。
どうにかその気持ちを振り切りたくて、私はキッチンに足を運んだ。
勝手にコーヒーの粉をとって、お湯を落としていく。
苦い香りが、少し私の心模様を誤魔化してくれる気がした。
がちゃり、とドアが開く音が聞こえる。
コーヒーの香りで目が覚めたのか、そこには目を擦りながら小さく伸びをするクラウドの姿。
「おはよう、キッチン借りてるわよ。
コーヒーは?」
「ブラックで頼む。
……素晴らしい天気だな。」
「ほんと、お出掛けにピッタリ。」
キッチンのカウンターの前に腰掛けたクラウドが、小さく笑ってため息をつく。
そちらに目を向けると、ふと、1枚の写真が飾ってある事に気がついた。
女の子とふたり、場所はニブルヘイムだろうか。
「美人ね。妹さん?」
……でも、クラウドは家族は居ないって言ってたような。
「婚約者だ。」
……婚約者?
思わず、手が止まる。
いや、ちょっと待って。
「……ストレート?」
「……まさかあんた、俺をゲイだと思ってたのか?」
「だ、だって、クラブでお化粧してたし、ダンスだって……」
「仕事だからな。」
カンペキに、やってしまった。
とりあえずクラウドの前にコーヒーのカップを置く。
自分の姿を見直すと、ほぼ下着姿に適当に羽織ったキャミソールだけ。
これは、まずい。
「……待って。
…………服着てくる。」
「そうしてくれ。」
「それで、婚約者はどこにいるの?」
「トーキョーで芝居をしてる。」
「ストレートで婚約者もいて……完全に私来るべきじゃなかったわね。……うわっ!!」
慌てて服を着ようと躍起になっていると、ズボンに足を引っ掛けて盛大にこけた。
急いで起き上がって、荷物をまとめる。
「大丈夫よ!すぐ出てくから!」
「ナマエ、別に何も……」
「気にしないで!ごめんなさいね、迷惑かけちゃって。」
「ひどい雨だぞ。」
「……行く先はあるの。ドアを開けてくれる?」
荷物を肩にかけて玄関まで行くと、クラウドはため息をついて渋々ドアを開けてくれた。
「ありがとう、クラウド。」
「ああ、気にするな。」
「また、クラブでね。」
笑顔で家を後にして、適当なチラシを傘代わりに頭に乗せる。
「……どーしよ……」
寄りにもよって、今日が大雨だなんて。
私は初めて、神様を恨んだ。