9. Stand up!!
嵐のように去っていった彼女が出ていったドアを見て、息をつく。
まったく、これからどうするつもりなんだ。
心配になって窓から大通りに面した外を見ると、案の定、ナマエは荷物を抱えて薄っぺらいチラシで雨を凌ぎながら立ち尽くしていた。
走って玄関から外に出る。
雨は酷くなるばかりだ。急がないと。
部屋で履いていた靴のまま飛び出して、ナマエに叫ぶ。
「ナマエ!!
何してるんだ、中に戻れ!!」
「気にしないで、大丈夫だから」
「土砂降りだろ!」
「こんなのただの水だってば!」
更に雨は酷くなる。
戻る気配のないナマエに、俺は雨の下、彼女に駆け寄った。
「……っクソ、いいから戻れ」
「ほっといて、勝手にするから。」
「そうか、だったら俺も勝手にするからな。」
「はっ!?ちょっと!!!」
イラッとして、ナマエの荷物を持つ。
そのまま、俺は彼女を抱き上げた。
腕の中で暴れる彼女を、ドアを乱暴に開けて部屋に連れ戻す。
俺だって濡れたが、気にしている場合じゃない。
「下ろしてよ、ちょっ、何してるの!?」
ナマエを下ろして、近くのタオルを肩に掛ける。
「それはこっちのセリフだ!
行くあてがないんだろ、俺の部屋だって狭くないはずだ。
もうしばらくここに居ろ。」
ポケットでケータイが鳴る。
婚約者の名前に受話器を上げると、いつもの様に彼女の話が始まった。
「もしもし。……ああ、そうか。良かったな。」
適当に相槌をうちながら、開けたままのドアを片手で閉めて鍵をかける。
ナマエに勝手に出ていかれないように、俺は彼女を視線で制した。
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「……妊娠だって。」
困り果てたように、マムはチャドリーに言う。
この日、PARLORは、ダンサーの1人が欠けたために代役を探すオーディションを急遽開催することになったのだ。
目の前のステージには、オーディションを受けに来たダンサーたち。
その誰もがいかにもダンス初心者で、そのダンスは、まるでステージに出せるようなものではない。
マムは片手を上げて音楽を止めさせると、盛大にため息をついた。
「ありがとうございました、皆様にはまた追ってご連絡を差し上げます」
ぺこりと頭を下げるチャドリーを横目に、マムはチャドリーを見る。
「……もっとまともに踊れるやつは居ないのかい」
「取り急ぎのオーディションです、仕方ないですよ。」
「事務所にも声を掛けてみな。
1人くらい使えるのが居るはずだ。」
「マム、あなたはさっきから"この子は嫌だ" "この子は駄目"……」
「その子はまだマシよ」
「でも、合格だと言わなかったのはマム、貴女ですよ。」
「はぁ……一服してくる。戻ったら開店の準備だよ。」
彼女の言葉に、チャドリーは肩を竦めて書類をまとめる。
そしてマムが席を立ち、ステージに背を向けた瞬間、さっき止めたはずの音楽が流れ出した。
マムがステージを振り返ると、そこには、ウェートレスとして働いているはずの、ナマエの姿。
聞きなれた曲で踊る彼女に、この日店の準備を担当していたダンサーやバーテンダーたちが数人、目を向けた。
「……あれは?」
マムが席に戻って、少年に尋ねる。
「……オーディションを受けているのでは?」
「音響、止めて!!」
マムが曲を止めて、ナマエが踊っているのをやめさせる。
「待ってマム、私も踊れるの!」
「ウェートレスにはウェートレスの仕事があるって言っただろ?」
「私は……」
「こっちはダンサーを探してるんだよ。」
「だから私は踊れるって……ねえ、待ちなさいよ!」
ナマエの言葉を遮って、マムは席を離れようと背を向ける。
その背中に、ナマエは怒鳴るように叫んだ。
「マム!聞いてるの!?」
眉を顰めて振り返るマム。
その表情に、チャドリーはびくっと肩を跳ねさせた。
「私にどうしてほしいのよ!」
「そんなの自分で考える事だね!
ダンスで私を唸らせてでもみたらどうだい?
本当のスターだって証明してくれれば、誰も文句なんて言わないさ。
見て欲しいんなら、あんたが魅せてみな!」
「……いいわ、どのダンスがいい?どの曲でも踊れるから。」
「"どの曲でも"?」
「そう。どのダンスがいいのよ」
「音響、"STAND UP"を!」
雑に椅子を引いてどすっと腰掛けた彼女に、少年は呆れたように言う。
「またマムさんは、難しい曲を……」
「チャドリー、あんたも聞いただろ。
何でも踊れるって言ったのはナマエだ。」
ナマエは髪を解くと、目を閉じて、ふっと息をついた。
「……絶対に、やってやる。」