翻弄




 ソファに散らばった私の髪を、レンは退屈そうに弄っていた。指を絡め、くるくると回し、するりと解く。
「暇じゃない?」
「いいえ?」
 即座に首を振られたけれど、ものすっごくつまならそうな顔して口先だけで否定されても、バレバレよ。
「もう、私かえ」
 るよ、と言いながら起き上がろうとしたらぐっと髪を抑えこまれ、頭皮が引っ張られた。あまりの痛みに息が詰まる。
「っ……! レンっ! ばか! 乙女の命をッ!」
「きみが勝手に動くからです」
 レンはむすーっと言い返す。かわいくない。
「痛いっつの!」
 お返しにレンの髪を引っ張ったり、暴れてみたりしたがレンは押さえつけた髪を離そうとしないどころか、床を這うようにして体勢を変え、私の上に伸し掛かってきた。
「僕は今、とても楽しいんです」
「人の髪くるくるするのが?」
「はい」
「どう考えてもつまんないわよ!」
 うっとうしく顔に掛かって来たレンの髪を両手で掴んでやる。引っ張ろうとする前にレンの顔が降りてきて、唇を塞いだ。
「むっ」
「……僕は楽しいんで、もう少し遊ばれててください」
「私はつまんない」
「寝転がってくれてればいいだけです」
「飽きた! 背中が痛い! もう帰る!」
「帰しません」
 反駁しようとすると、またキス。
「むむむっ……レン! どきなさい!」
「どきません」
 むしろレンは伸し掛かってきた。
「重い! ばか!」
「ゆりか、柔らかい」
「へんなとこ触るなばか!」
 やっぱり髪弄るのなんか飽きてるじゃないか。胸だの腹だのむにむに触ってきては、ほっぺやら鼻やら首筋やらにちゅっと音を立てていく。
「一人で楽しむなー!」
「ゆりかも楽しんでるでしょう?」
「むむーっ」
 さっきよりも長く、口を塞がれる。うまく呼吸ができなくて、息苦しい。ねっとりとした舌が私を煽ろうと口内をねぶった。
「んはっ……、首痛……」
「ベッドに行きますか」
「行かない」
「しょうがないですねぇ。連れて行ってあげます」
「行かーん!」
 私の文句などお構いなしだ。軽々と私を床から抱き合えて、ベッドにぽんと放り込む。そしてキスの続きがくるかと身構えれば、またつまらなそうな顔をして髪に指を絡め始めるんだからどこまで自由なんだこの男は。
「おいこら」
「なんです」
「女をベッドに連れ込んでおいてそれはないわ」
「僕が楽しいんです。それで十分でしょう」
「私はおもちゃか。あんたのおもちゃか」
「うふふ」
「否定しろよ!」
「かわいい僕のゆりか」
「帰る! 帰るー!」
「だめです」
 頭皮の痛みに身悶えた。学習しろ私。髪は奴の手の内だ。
「ひどすぎ……」
 自分のやりたいことだけやって、相手の気持ちなんかまるで気にしない、奔放で我侭な尊大野郎。
「猫にいたぶられるネズミの気分よ……惨めだわ……」
「にゃー」
「腹立つ!」
「そう怒らないでください。欲求不満ですか」
「適当に胸を揉むな」
「柔かくっていい触り心地です。触ってみてください」
「自分で自分の胸を揉むとか意味分かんないし」
「こんなに気持ちいいのに?」
「いい加減怒るよ」
「もう怒ってるのかと思った! まだ大丈夫なんですね」
 レンはなぜかとても楽しそうに笑った。ぶちっと頭の奥で音がした。
「もう大っ嫌い! 最低! 別れる!」
「あー怒った、怒った」
「レンのばかっ!」
「僕はきみが大好きですよ」
「ばかかっ!」
 ちくしょう、なんでこんなやつに惚れたんだろう。
 もうやだ。

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