the same scenery



「ふんふふふーん」
 レンは鼻歌を歌いながら、机の上に肘を付き、そこに顎を乗せ、指で摘んだものを陽光に透かして、何度も何度も角度を変えてみる。
「きれいな石ですね! レン様」
 きらきらと光を反射するそれの向こう側から、アサカの青い色が覗き込んできた。
「でしょう。河原で拾ったんですよ。散歩してたらね、きらきらしてるのが眼に入ってきて」
「不思議な紫色……レン様にぴったりです!」
「ん? 紫?」
 手を組んで褒めそやすアサカに、レンは眉根を寄せた。
「何を言ってるんです。真っ赤じゃないですか。僕の色ですよ。赤」
「え? ええ、あ、赤、ですか?」
 途端にアサカはあたふたして、レンの持つ石に眼を凝らす。そんなにまじまじと見つめなくても、どう見たって赤だ。石を通り抜けて机の上に落ちた光の色を見たって、やはり赤じゃないか。
「テツ! これ、何色に見えますー?」
 レンは石を高々掲げて、部屋の向こうにいたテツの注意を引く。アサカは伸び上がってレンの手の動きに追随して、石を凝視する。
「……黒」
「ぶー! はずれでーす!」
 もっと近くでよく見て下さい! とレンは頬を膨らます。なぜ不機嫌なのかわからないテツは、レンに呼ばれるままこちらまで来て、レンがつきだした石をまじまじと見る。
「ほら、何色ですか。答えて下さい」
 じー、と二人分の視線がテツを追い詰める。間違った答えを言えば、失望される。テツは慎重に石を見極め、答えた。
「……黒です」
「はい違いまーす! テツくんボッシュート!」
「……レン、暇ならこちらを手伝ってくれないか」
「ダメです。なんで二人共違う色を言うんですか。こんなに明らかなのに。変です!」
「レ、レン様、私にも赤に見えてきました! その石は赤です!」
「どんな?」
「う」
「どんな赤に見えます?」
「えっと……む、紫掛かった……濃い赤、かしら……」
 アサカの答えはレンのお気に召さなかった。レンはむすっとしたまま立ち上がると、まっすぐにドアへ向かった。
「レン様! どこに」
「この石が赤く見える人のとこです」
 あきらかな拒絶だった。ぴしゃりとドアを閉められて、アサカとテツは顔を見合わせた。



 あてどなく歩きながら、レンは透き通った石を太陽光に透かしてみる。やはり赤だ。どんな角度から見ても、濁りのない、まじりっけのない、赤色。紫にも黒にも見えない。赤い色を通して見たアサカの青い瞳は紫っぽく見えた。テツの瞳は深みを増した。レンの瞳はより赤さを増しているだろうか。
 カードショップ、カードキャピタルの看板が見えた。レンはふらりとそこへ入る。
「お、やってますね」
 いつものテーブルで、友人二人がファイトに興じている。集中しているから声は掛けず、こっそり盤上を覗きこんだ。
「櫂、リードしてますね」
「レン」
「わっ、レンさん!?」
 驚いて顔を上げた二人に、こんにちわ〜と手を振り、レンは石を目の前に翳す。石を通して二人を見た。
「やめろ、ファイト中だ」
「どーぞ、続けて下さい」
「な、なんか気が散りますね……」
 手を止めてしまった二人に、レンは赤い石を通して見るのを諦める。
 櫂とアイチはファイトを再開した。櫂がリードした展開のまま勝負は決まった。
 カードをシャッフルしながら、櫂はようやくレンに話しかける。
「なんの用だ」
「ちょっと質問があったんです」
 レンはさっそく石を取り出し、二人の前に置いた。
「これ、何色に見えます?」
「なんの石だ?」
「ガラスかな……? 琥珀色みたい」
「河原で拾ったんです。僕の石です」
 さあ、とレンは櫂の目の前に石を突きつけた。
「何色か答えて下さい、櫂」
「青、か? うまく表現できんな……角度によって違う色に見えるが」
「櫂もアイチくんも、何言ってるんですか? どう見たって明らかに赤じゃないですか!」
「赤?」
 アイチは首を捻りながら、じっと石を眺める。
「赤く、見えなくもないが。そんなことを聞きに来たのか?」
「大事なことなんです。なんで誰も赤って言わないんだろ」
 おかしいなぁ、とレンは手のひらで赤い石を転がす。櫂はアイチに琥珀色に見えるのか、と訊ねている。アイチはうん、と頷く。この二人なら、と思ったのに。レンはなんだか悲しくなってきて、肩を落とした。
「おい、レン?」
「なんでかなぁ……。変だなぁ」
「レンさん、ファイトしていかないんですか……?」
「赤いのになぁ」
 二人の呼び止める声も耳に入らない様子で、レンはふらふらとキャピタルを出て行った。

 赤い色が河原の白い石に混じって光っているのを見て、僕の石だ、と思った。あの赤は僕の色だ。アサカならレン様の瞳と同じ色ですね、と言ってくれると思った。テツなら迷いなく、まぎれもなく赤です、と答えてくれると思った。けれど違った。二人の見ているものはバラバラだ。ならば同じものが見えるはずの人なら、これが赤だとわかるだろう。
 しかし櫂もアイチも、てんで違う色に見えると答えた。
 これは琥珀色だろうか?
 いいや、違う。
 これは紫色だろうか?
 どう見ても、ありえない。
 これほど明らかなのに、誰も赤だと言ってくれない。なんて寂しいことだろう。せっかく綺麗な拾い物をしたのに、無性に悲しい気分だ。気がつけば川辺まで来ていた。この石を拾ったのはちょうどこの辺りだった。日は傾き、夕焼け色が濃くなっている。レンは眩しさに眼を細めながら、焼けた太陽に石を翳す。透き通った赤の中心は燃えるような夕日を乱反射し、ますますその色を澄み渡らせた。
「……んっ」
 閃光がきらめいて、眼を刺した。思わず瞼を閉じた拍子に、手から石が転がり落ちる。
「あ……っと」
 カツン、と軽い音を立てて石はアスファルトの上を弾んでいく。ころころと転がった石はローファーのつま先に当たって、止まった。ローファーの持ち主は屈んで手を伸ばすと、その石を拾い上げた。レンは彼女が石を片手に、こちらへ歩いてくる一連の動作を、ただ眺めていた。
「これ、君の?」
「……僕の石です」
「はい、傷はついてないと思うよ」
 ころん、と手の中に落とされた石を、レンはまじまじと見る。自分の石、だったのに。落としたせいか、はたまた、彼女が手にとったことによってか、なんだか別の石のように感じられた。
 彼女もレンと同じように手の中の石を見た。
「綺麗な赤だね」
 はっとして顔をあげる。彼女の視線はレンの瞳に向けられているようだった。
 レンはとても嬉しくなって、誇らしい気持ちで笑った。
「でしょう? だから、僕の石なんです」
「そうなんだ」
「どう見ても赤ですよね? 他の色には見えませんよね?」
「え? まあ、うん。赤だよね」
「ですよねぇ。赤ですよね! やっぱり!」
「赤だね、うん」
 嬉しくて何度も確認する。彼女はそのたびに、迷わず答えてくれる。
 ようやく見つけた。
 僕と同じ世界を見る人。
 夕焼けに彩られた彼女の顔は、どこかぼやけていて判然としない。
「ねえ、もしかして、君」
「はい?」
 彼女はもう用は済んだとばかりに歩き出そうとしていたが、レンは彼女から眼を逸らさなかった。
「君って、僕の運命の人じゃないですか?」
 あっけに取られて、ぽかんとした彼女の顔は、レンにもはっきりと見えた。とてもうれしくて、こそばゆい思いが腹の底から沸き上がってきて、レンは笑いを押さえきれなかった。

 同じ色を見て、同じものを綺麗と言ってくれる人。
 そんな人と、おいしいご飯を食べるんです。
 ねえ、そんな素敵な時間を僕と過ごしてくれるのは、君なんでしょう。
 僕にはすぐにわかりましたよ。
 見つけてくれたのは君で、気がついたのは僕だった。
 

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