Giver and Taker





「あんたの趣味ってわからないわ」
 あまりに真剣な表情をしているから、何を言い出すのかと思えば。私は乾いた苦笑を返す。彼女はそんな私の反応が気に入らないらしく、腕を振り上げる。
「だって! この前はガタイのいいおっさん! その次は妖艶な美女! さらにはモデルみたいなイケメンだよ!? どうなってるのよあんたの恋愛事情は!?」
「なんでもかんでも恋愛にしないでよ!?」
 あんたの好み幅広すぎてドン引きだわ! と彼女は首を降る。勝手に人の好みについて妄想を広げてドン引きされる身にもなってほしい。彼らは単に、私を迎えに来てくれてるだけだ。
「ねえ、今日は誰がくるの? 私あのイケメンがいいな」
「残念ながら、指名できません」
 彼らがやってくるのは私の意思とは全く関係ないからだ。そもそも毎日来るものでもない。今日だって、来るかどうか。
「おい、ゆりか!」
 ……来た。
「えー! イケメンじゃない!」
「なんだとっ!?」
 私を呼びに来た相手を見て、友達は心からの本音を叫ぶ。突然見ず知らずの人間に非イケメン呼ばわりされた彼は、声を失っている。
 私はそそくさと荷物をまとめ、彼の肩をぽんと叩いた。
「気にしないで、あの子年上にしか興味ないの」
「あ? あ、ああ……」
 怒るとかいう以前に混乱しているらしいキョウを連れ、今度は年下相手かー! と叫ぶ友人の側から立ち去る。
「今日はどうしたの?」
「スイカ割りするんだと」
「……はぁ」
 私はコートの前をしっかり締め、寒々しい曇天を見上げる。スイカ割り、という言葉がとても遠いものに感じられた。

 私はキョウに連行され、とあるビルの一室に連れ込まれた。中はとても暖かく、半袖でも快適に過ごせる。いや、今は暑いくらいだ。
「ゆりかー! 遅いですよ」
 そんな中、黒い薄手のセーターを着たレンが手にバットを持って待ち構えていた。隣のテツさんが、スイカを二個持っている。足元にはさらにいくつものスイカ。
「どうしてまた、今日はスイカ割り? こんな暑い部屋の中でやっても仕方ないでしょう」
「だって、食べたかったんです。スイカ。で、せっかくならスイカ割りしようって。スイカ割りするなら、気分でも暑い方がいいでしょ?」
 どこかから海の音が聞こえてきた。アサカがラジカセのスイッチを入れたらしい。
「さあ、ゆりか、始めるわよ」
「わっ、アサカ、待って! 目隠ししないで」
 アサカは目にも留まらぬ早業で私の目を覆い隠す。わあ、あーちゃんすごい、と暢気なレンの声が聞こえた。
「ふふ、いいなぁ。似合うなぁ、それ。すごく! ふふ、やっぱりスイカ割りはいいですねぇ」
 レンが不穏なことをずいぶん浮かれた声で呟いている。目隠しに似合うも似合わないもないと思うんだけど。
「おい、ふらふら動くなよ」
「あ、ごめん」
 うっかりキョウとぶつかりそうになったらしい。離れようと後ろに下がったら、踵がもつれて転びそうになる。何かにつかまろうと伸ばした手首を掴まれた。
「だから動くなって! 何やってんだお前は!」
「ごめんごめん」
 キョウが怒りながら私を引っ張り、支えてくれる。
 反対側の手がぎゅっと握られ、何かを掴まされた。ふいに耳元に吐息が掛かって、ぞくりとする。
「さあ、ゆりか。バットですよ。これで思いっきり殴るんです……」
「誰を!?」
 レンだった。そんな耳元で囁かないでほしい。
「ゆりか、スイカはこっちよ」
「もう少し右だ」
「ええ、どっち?」
 アサカやテツに誘導されるまま、ふらふらと歩く。
「ゆりか、こっちこっちー」
「待て、振りかぶるな、スイカはあっちだ!」
「ええっどっちよ!?」
 レンの言うとおりにバットを振りかぶったら、キョウが大慌てで叫ぶ。
「あっちってどっち?」
「左だ!」
「もう少し右よ」
「いや、あと三歩前に」
「あははは、ゆりか、どこに振りかぶってるんですか」
 もう、皆まったくバラバラなこと言うんだから。ええい、勘を頼りにやってやる!
「ゆりか! そこだ!」
「てーい!」
 キョウの声と同時に、バットを振り下ろす。確かな手応えがあり、目隠しを剥ぎとった視界には見事に割れたスイカがあった。
「ふっふ、やったわ」
「もう、私の言うとおりに動いてくれないんだから」
「皆一斉に言うんだもん、どっち行けばいいかわかんないよ」
 むすっとしたアサカのほっぺをつつき、レンにバットを返す。レンは上機嫌でスイカの欠片を拾い上げ、頬張った。
「美味しいです。ゆりかが叩き割ったスイカ」
「その言い方やめよう」
 あんまり美味しそうじゃない。
「はい、キョウには一番大きいの上げる」
「は? なんで」
「キョウの誘導で割れたし」
「当然だな。……でもんなに食えねえよ」
「じゃあ僕が食べます!」
「レン様、お腹こわしちゃいます!」
「ゆりか、塩掛けてやろう」
 そのまま座り込んで、わいわいとスイカを平らげる。
 さっきの友人の言葉を思い出す。つくづく、変な集団だ。この人達に、どうして私混じってるんだろう。不思議だ。ファイトもできないのに、レンはこうしてたまに変な遊びに私を巻き込む。
「キョウ、ほっぺに種ついてる」
 半月型のスイカにかぶりついているキョウの頬から種を取ると、何するんだ、と真っ赤になって怒った。
 まあ、私は私で、彼の隣にいられるからいいんだけどね。
 年下が趣味ってわけじゃないけど。
 このかわいい人から、目が離せないんだ。



(綾瀬ちかこさんへ。相互記念のキョウくんでした)

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