一方通行曲ル。




「アイチくん、これあげる!」
「わ、ロイヤルパラディンのカード……! でもこれ、すごくレアなカードだけど……」
「この前パック開けたら出たんだけど、私使わないから」
「でも」
「他に使ってる子もいないし」
「僕なんかじゃ……もったいないです」
「そんなことないよ! アイチくんはとってもカードを大事に使ってくれるから。きっとこの子も、アイチくんの元にいるのが幸せだと思うな」
「えっ……?」
 どきり、と心臓が跳ねる。
 僕の側にいることが、幸せ。

 そう思ってくれる人は、いったいこの世界に一人だけでもいるんだろうか。
 ただそばにいるだけで、幸せだと、それだけで満たされるんだと、僕なんかに言ってくれるような人。
 たとえば……僕だったら、あなたの側にいられれば、それだけで満たされるのに。

「お、アイチくん。良いカードもらいましたね。組み込み甲斐がありますよぉ!」
「店長!このカードやっぱ強い?」
 いつの間にか現れたシンさんが彼女の手元を覗き込む。彼女はシンさんに寄り添うようにして、そのカードを見せる。二人の距離が縮まる動作はごく自然だった。
 その分、僕と彼女の間にある断絶は深みを増す。
 そばに居てくれれば、それだけで幸せだと思える相手。そんな人と巡り会える確率はきっとものすごく低いし、さらにその人を永遠に繋ぎ止めて永遠に幸せを感じられる人間とくればその数はぐっと減るだろう。
 だって、相手にも同じように、一緒にいられるだけで幸せ、って思ってもらえるくらいでなくちゃ、一緒にいてもらうことなんて到底できっこないんだから。
 だとしたら、もしも、その人が一緒にいたいと思う人が僕以外の人間だったなら。
 その確率はとっても高い。考えるまでもない。万が一にも、逆である可能性なんてないんだ。
 こんなに苦しいことってないよ。
 こんなにつらいことってないよ。
 僕が求めている人は、決して僕に振り返ってくれたりなんかしないんだ。
 こんな風に、僕に優しくしてくれるのだって、単に僕がファイト仲間で、友達で、弱いから、それだけなんだ。
 それ以上の理由なんてないだ。
 僕が特別だからじゃない。彼女は誰にだって優しいんだ。そうなんでしょう?
 だめなんだ、僕はとっても自己中心的で、自分勝手だから、すぐに勘違いしちゃうんだ。
 すぐに舞い上がって、のぼせちゃうんだ。
 もしかしたらあなたも僕と一緒にいたいと思ってくれてるのかも。だから、レアなカードを僕にくれるのかも。
 そうやって都合のいいように受け取って、ますますあなたに恋い焦がれてしまう。
 全部僕の勘違いなのに。

「シンさんお墨付きだって! ね、これ使いこなして、もっと強くなってほしいな」
「いりません」
 だから受け取れない。その想いは幻想だ。
 一瞬、彼女の笑顔が消えた。
 僕はしどろもどろに、一度は上げた視線を下に下ろす。
「……ええっと、あの、だから……やっぱり……その、もったいないです……僕には」
「もったいないなんて言う方がもったいない!」
 ずい、と目の前にカードがつきつけられる。
 焦点が狂って、目眩がした。
 カードが視界から消える。
 代わりに彼女の怒った顔がそこまで迫っていた。
「手、出して」
「あの……」
「ほら、出す!」
「はいっ」
 怒ったような彼女の勢いに負けて条件反射的に右手を差し出したら、彼女は手首をためらいなく掴み、手のひらにカードを押し付けた。
「っ、あ」
 熱い、そう思ったときにはもう彼女の手は僕から離れていた。
「よし」
 僕の手に残ったままのカードを見て、彼女は満足気に微笑む。
 そしてすぐに、その眉を下げた。
「……ごめんね、いきなり触っちゃって」
 僕はカードを見てもいなかったし、彼女の謝罪も聞いちゃいなかった。
 心臓がどくどくして、息が荒くなる。触れられた部分はきっとヤケドしてる。真っ赤になってるに違いない。
 幻想? そうだよ、そうに違いない、でも、この熱は、あんまり熱すぎて、だめだ。
 ダメだよ。
「あの、カードね、無理にとは言わないんだけど、もしよかったら使って欲しいなって思うから、うん、その、無理にじゃないんだけど」
 僕の様子に、彼女はどんどん弱気になる。
 僕は慌てて、彼女をがっかりさせないために、言葉を探す。
「違うんです、嬉しいです! ありがとうございます大切にします! 一生使います!」
「一生なんておおげさだよ!? 飽きたら他のに変えてくれていいから!」
「飽きるなんて絶対ありません!」
「そ、そう……?」
 言葉につまって、僕は一生懸命頷く。
 ようやく彼女にも伝わったみたいで、彼女はほっとした笑みを零した。
 その笑顔に、ますます想いは募る。やめてほしいなんて、言えない。もっと優しくしてほしい。僕に笑顔を見せて欲しい。声を与えて欲しい。
 勘違いでも、いいから。少しだけ、夢を見てもいいでしょう。
 その後で、どれほど虚無感を抱えることになるとしたって。
 どうしたって僕は、あなたのことが好きなんだから……。



「もどかしいですねぇ……あの二人」
「あれはあれでいいんじゃないっすかねぇ。微笑ましいし。しばらく眺めてたい感じ」
「じじ臭い……」
「姉ちゃんひど!」
「アイチ!新しいデッキ作ったらこの最強の俺様が最強デッキで相手してやるぜ!」
「空気読んでくれ森川ァ!」
「……ふん」

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