ハレーション・イルミネーション



「ケーキケーキっ!」
 私が上機嫌でいうと、
「ケーキ、ケーキ」
 彼も歌うように真似をした。
 彼は赤いマフラーにベージュのダブルブレストコート。
 ブーツがとってもよく似合ってる。
 私は桜色のふわふわな肌触りのマフラーに、オフホワイトのAラインコート。ブーティは踵についたリボンがチャームポイント。
 キラキラとクリスマス色に飾られたショッピングモールを、寒いからねと理由を付けて彼の腕にぴったり張り付き、お目当てのカフェ目指してゆっくりと歩いていく。かわいい小物の並んだショーケースに目移りして、きれいなアクセサリーに見とれて、彼に似合いそうな、レザーのライダースジャケットを指さす。
 彼は困ったように眉を下げた。
「ええ? レザーなんて僕、似合うかなあ」
「着てみようよ、一回だけ!」
「ゆりかちゃんがそういうなら……試着だけ」
 店員さんに声を掛けて、鏡の前で彼のファッションショー。黒い革のジャケットは赤いもこもこのマフラーと喧嘩してる。マフラーをするっと取っ払った。彼はすーすーする首筋を撫でながら、鏡から眼を逸らす。
「やっぱり、僕にはこういうのはちょっとなぁ……」
「そんなことないよ、かっこいいよ」
「そ、そうかな……?」
 不安そうな顔をして鏡をのぞき込む彼に、私の瞳は恋をする。私が太鼓判を押すんだから、そんなに自信なさそうにしないで。
「買わない?」
「今度ね」
 彼はそそくさとコートを店員さんに返してしまった。
 ちぇ、残念。
「何かほしいものある?」
「僕は特にないよ」
「私はね、新しいピアスがほしいんだ」
「見る?」
「うん!」
 彼と一緒に、手作り感あふれるお店に入っていく。あたたかみのある質感の小物が細々と飾られていて、絵本の世界がそのまま目の前に広がっているみたい。
「くまのピアスだ。かわいい!」
「わあ、ほんとだ。かわいいな。君にぴったりだね! 似合ってるよ」
「ふふ、一目惚れしちゃった。これにしようかな? どうしようかな」
「どうする? よかったら、プレゼントしようか」
「ほんと? やったぁ、アイチからのプレゼント!」
 私が飛び跳ねて喜ぶと、彼もにっこりと笑ってくれた。
「じゃあ、アイチにはこれをあげる」
「くまのキーホルダー? かわいいね。二匹ついてるんだ」
「恋人同士だね」
「ふふ、すっごく仲良しだね。その……」
 僕たちみたいに。
 彼ははにかみながら、とても幸せそうに付け加えた。
 そんな笑顔で言われたら、私の方がとろけてしまう。
 店から出たときには私の耳にはくまが揺れ、彼のショルダーバックにはくまのカップルがぶらさげられた。
 カフェで食べたケーキはとっても甘くて、紅茶はとっても香りがよくて、何よりケーキをおいしそうに食べる彼の丸い頬と、フォークを持つ手の丁寧で慎重な仕草がかわいらしくて、眺めているだけで楽しくなった。
 ショッピングモールを半周すると、窓の外がまばゆいイルミネーションで飾られているのがガラスに写り込んでいて、夢のようなハレーションがちりばめられていた。
「アイチ、光のアーチだよ!」
 私はうれしくなって駆けだして、アーチを形作るイルミネーションの下でくるりと周り、彼を振り返った。
 彼も走って追いかけてきて、私の隣に並ぶとまぶしそうに目を細めてアーチを見上げた。
「きれいだねぇ」
「うん! 行こう」
 彼の手を取り、歩き出す。冷たい風が吹いて体が震え、彼の左腕にぎゅっとしがみついた。彼のコートはあったかい。革だったら、くっついたときに冷たいかも。やっぱり彼には、こんなコートが一番似合う。
「ずっと一緒にいたいな」
「うん。僕も……」
「今日は、帰りたくない……」
「それは……でも、明日もあるし……」
 真面目に答える彼の肩に、額を押し付ける。
「もっと、一緒にいたい」
「ゆりかちゃん……」
 彼の戸惑った声が私の名前を囁く。
「あ、の、ゆりかちゃん……。顔、あげて?」
 しばらくして、彼は声を上擦らせて私を促した。眼を上げると、カラフルな何百もの電飾が私の眼を眩まして、藍色が滲んで煌めいた。
 小首をかしげて、ちょっと微笑む彼の頬が、赤いマフラーに埋まる。彼の両手が私の冷えた頬を包んだ。
「眼を……閉じて?」
 私は彼のなすがまま。望むがままに身を委ねる。
 彼の与えてくれる温もりはいつも柔らかくてくすぐったくて、しんと心に染みこんでいく。
 夢から醒めるように眼を開けたあとの、顔を真赤にして眼を逸らす彼の表情を見ると言葉にできないくらいに幸福を感じた。
「イルミネーションが……眩しいから」
「うん」
「その……ごめんね、こんなところで」
「ううん」
「誰も……いなかったし」
「うん」
 わかってるよ。
 ぎゅっと両手を握って、おでこを合わせ、恥ずかしがり屋で内気な彼の、時々見せる大胆さに、恋をする。
そのまま彼の胸に顔を埋めて、大きく息を吐いた。
 イルミネーションの広場をゆっくりと一周している間に、閉店時間が近づいてきた。
「さっきよりも寒くなったね」
「そうだね」
 寒いから、とぎゅっと彼の腕にしがみつく。歩きにくいけど許してね。
 どうしても離れなくちゃいけない、そのときまでは。
 帰ろうか、なんて言わないで、さようなら、なんて言葉にせずに。
 また会えるときまで、夢の中でも手をつないでいて。


/