みみたぶ



「アーイチっ」

 真剣にカードを眺めてる後ろ姿。
 声を掛けても反応はない。
 それだけ集中してるって証拠。
 ふーん、頑張ってるねぇ。

「アイチ?」

 でもそろそろ一時間経つし。
 私は帰らないといけないんだよなぁ。
 お別れの挨拶くらい、していきたいんだけどなぁ?

「アイチってば、おーい」

 ぶつぶつ、ぶつぶつ。
 カード並べながら何かつぶやいています。
 これはダメだわ。
 完全に没入してる。
 まったく振り向こうとしない後ろ姿に、ちょっと腹が立ってくる。
 頭抱えて、これじゃダメだ、なんて呟く声がいつもより低くて、ちょっとときめいた。ちょっとだけ。
 私の存在なんかすっかり忘れてる彼のさらさらの髪と、そこから覗く白い耳たぶ。
 同じく白くて柔らかそうな項。
 そうそう見飽きることなんてないけれど、一時間どころか余裕で一日眺めていられるけれど。
 でもここまでほったらかしにするのもひどいよね。
 いたずらしちゃえ。

「うひゃぁっ!」

 ぱくっと遠慮無く耳たぶに噛み付く。
 歯は立てないように、唇で食む。
 甘い。そしてやらかい。

「おっ、おおおおおおねえちゃっ、なななななななにをっ」
「あーあ、カード床に散らばっちゃったじゃんアイチったらぁ」

 耳を抑えてきゃーきゃーしてるアイチのために、足元に散らばったカードを屈んで拾い集める。
 アイチは屈んでいる私に気づいて、きゃーきゃーするのを我慢し、足を避けてくれる。
 私は立ち上がりざま、アイチの上着の裾をめくる。

「……なんでめくるの?」
「スカートあったらめくりたくなるじゃん?」
「僕スカートはいてないよ!? っていうか!!」
「はい、カード。大事に扱いなさいよね」
「誰のせいだと思ってるのさ……っ」

 怒りながらもアイチはカードを受け取るや傷がついていないか、折れていないか、チェックする。ひと通り眺め終わって、ほっと安堵の息をついた。

「ありがとう、お姉ちゃん」
「いいよ。私のせいだし」
「認めるんだ!? っていうか、そうだよ! さっ、さっき……!」

 一旦忘れかけたのに再び思い出して、アイチは顔を真っ赤にする。
 片手でカードをぎゅっと握りしめ、片手で耳たぶを抑えた。
 私はずいっと顔を寄せ、アイチが抑えて居ない方の耳に口を近づけ、

「かぷっ」
「うひゃぁっ!」
「……何もしてないのに、すごい反応」
「だっ、だだだ、だって……!」

 アイチはとうとうカードから手を離し、両耳をガードした。

「こんなところで何てことするの!」
「こんなところ、だから?」
「常識考えてよー! もう!」

 恥ずかしいよ、と顔を覆って俯いちゃう君はなんだ、乙女か。

「アイチはかわいいなー」

 抑揚を付けず平坦に言いつつぐりぐり頭を撫でるとやだやだ、と首を振るアイチ。

「ところでアイチくん、今何時かご存知かな」
「え? 時間?」

 私が問いかけると、アイチは不思議そうに時計を見て、あっと顔色を替えた。

「もっ、もうこんな時間だったの……!? ご、ごめんね。お姉ちゃん、今日は早めに帰るって言ってたのに」

 そこに思い至るや、アイチは急いで立ち上がり、カードを片付け、私に謝り、また時計を仰ぎ見る。そこまで慌てふためかなくても。

「うん、まあそういうことだから」
「待ってね、すぐ片付けるから」

 いいよ、と言っても聞いてくれなそうだったので、頬にキスを一つ押し付けた。
 面白いくらいにアイチは固まる。

「じゃあ、また明日ね」

 ひらひら手を振って、店を出る。
 自動ドアが背後で閉まる頃、硬直が溶けたアイチのかわいい悲鳴が聞こえた。




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