02かんちがい



「あれ? こんにちはークロノくん」
 お姉さんは扉を開けると、暢気に俺を見て笑った。
 俺はその笑顔をむっとして見上げる。
「なんで来ないんですか」
「え?」
「ファイトするって言ったじゃないっすか」
「ああ」
 お姉さんは目を逸らす。なんだよ。
 俺、毎日ショップに行って、クエスト行く時間ずらしてみたりして、いつ頃来るか、待ってたっつーのに。
 なんで目、逸らすんだよ。
「えへ、私あんまりショップ、行かなくって」
「俺、言いましたよね。ファイトしようって。約束したじゃないですか」
「ああ、ごめんごめん! 破るつもりはなかったの! でもその、ね?」
 俺の表情が変わらないから、お姉さんはどんどん腰が低くなり、笑みがご機嫌取るみたいに阿っていって、気に食わない。
「ごめんなさい……」
 とうとうお姉さんは笑みを消し、しょんぼりしてしまった。
「……なんで、ショップ来ないんですか」
「苦手なの、人の多いとこ……」
「は?」
「その、ショップに行くと、色んな人がファイトしようって来るでしょ、そういうの、私に苦手なの」
「……そうなのか」
 よくわからないが、そもそもカードショップに行きたくなかったらしい。なんだ、それで来なかったのか。
「俺ともう会いたくないからかと思った……」
「そんなことないよ!」
「えっ!? うわっ、今俺口に出して……っ」
 今更口を塞いでも遅かった。何言ってるんだ俺、へんなこと言ったよな今!
 お姉さんはさっき謝ってたとき以上に必死に、顔を赤くして否定する。
「クロノくんに会いたかったし、約束したからショップに行こうとはしたんだよ! でもね、扉の前に行って、中を覗いたらやっぱり人がいっぱいで、クロノくんはいなかったから……引き返しちゃったの。ずっと待っててくれたのに、ごめんね……」
「まっ、待ってない!」
「あっ、そうだよね、ごめん」
「あー……ああもう、謝るなって!」
 埒があかねえ。髪をがしがしと掻いて、この膠着した状況をどうしたらいいのか考える。
「……じゃあ、別のとこならいいんでしょ」
「うん」
「ファイト、するんでしょう」
「……うん!」
 どうぞ入って、とお姉さんは俺を中に招き入れる。ようやく笑顔、見れた。



「お、クロノ。電話鳴ってるぞ」
「あ、俺か」
 ショップでカムイさんとファイトしてるとき、ポケットの中で携帯が震え続けていた。見てみれば、お姉さんからだった。
「ゆりかさん……でぇっ、女ぁ!?」
「勝手に見ないで下さい! もしもし?」
 俺はカムイさんに聞こえないように店の外まで出て、通話する。電話口の向こうでお姉さんは興奮気味に話していた。
「ちょっと、待って、よく聞こえないです。えっと、今から行けばいいんですね? はい、すぐ行きますから!」
 何があったのかよく聞こえなかったけど、とにかく急ごう。あ、そうだカムイさんに声掛けてこねえと。
「カムイさん!」
「おう、クロノ。待ってたぜ。さあ、じっくり聞かせてもらうか……今の電話の相手、ゆりかさんについて」
「ぐっ」
 何だこの人、超めんどくせえ。
「今はそんな時間ねえんですよ! 呼び出されたから、俺行って来ます」
「おっと、彼女からの呼び出しとあらば引き止めちゃわりいよな。うん、わかった! 今度詳しく教えてくれよー!」
「それじゃあ!」
 絶対話したくねえ。何を期待してるんだか知らねえが、話す義理なんかないんだ。
 カムイさんに背を向けて、お姉さんの家まで走った。
「お姉さん! 何があったんですか!」
「クロノくん待ってたよー! ついに出来たの! 見てー!」
「へっ!?」
 玄関を開けたお姉さんが俺の方に腕を伸ばしてきてびっくりする。抱きしめられる、と身構えたらぐいっと腕を引っ張られ、靴を脱ぐ暇もなく部屋の中に連れ込まれた。
「ほら!」
「一体なんなんですか……。これ……は」
 リビングの真ん中。トルソーに着せられた物を見て、俺は絶句した。ギアーズよりも、現実感のあるそれは、確かにクロノジェット・ドラゴンだ。サイズはずっと小さい、けれど。
「すげー……」
 よく見ると、ところどころサイズが違う。何より顔や手がなく、人が着れるようにデザインされている。
「すげーな、お姉さん! ドラゴンまで衣装にしちまうのか」
「気に入ってくれた?」
「ああ! すっげーかっこいい!」
「それでね、よかったら、なんだけど」
 横から下から、じっくり眺めて、触っていたら、お姉さんが遠慮がちに頼みを口にする。
「着てみない?」
「これ着れるのか!? ほんとに?」
「そのために作ったんだもん」
「マジか! すっげー」
 つまり、俺がクロノジェット・ドラゴンになるってことか? なんだか変な感じだ。
「ま、まあ、せっかくお姉さんが作ってくれたわけだし……一回くらい着ねえと、もったいねえよな」
「そう思ってくれる? 試しに、着てみてくれる?」
「……じゃあ、一回だけ……」
「わあー! ありがとう!」
 お姉さんは両手を上げて喜んだ。
 ……また、抱きしめられるんじゃないかと身構えちまった。そんなこと、されるわけねえのに。
 でも、お姉さんのはしゃぎっぷりを見ると、やりかねないテンションだとも思う。
 着替えた俺を前に、カメラを構えたお姉さんのはしゃぎようはそりゃもうすごくて、これほど楽しそうに写真を撮る人を俺は初めて見た。俺を撮ってこんなに喜ぶ人も、初めて見た。好きなもののためにこれだけエネルギーを使える人って、なんつーか、ほんとすげえの一言だ。
 なんだかんだで、俺も楽しんでしまい、ようやく着替えたころにはぐったりしてしまった。
「結構重いんだな、衣装って……」
「ごめんね、ちょっと撮りすぎたね」
「いや。そんなことはないです」
「写真焼き増しして今度あげるね」
 お姉さんはカメラをぎゅっと抱きしめるようにして、ごきげんだ。こんだけ喜んでもらえるなら、まあ、悪くはないな。


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