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あれから何も考えずに部室飛び出してきちゃったけど…
「今日のパスは良かったぞ、伊月!」
「え?あ、う、あ、ありがとう。」
「それに試合も練習もここんとこみんな順調だしなー」
「だな…。うん、じゅ順調デスネ…」
あー、クソッ!!
平常心で何事にも冷静に対応しようと思ってたのに全然フツーじゃねえじゃん!
さっきから明らかに何かあるようにしか思えない言動ばっかじゃん、俺!
話の内容は特に普段と変わりはなくて何も変に意識することなんてないのに…
これが"恋"だと気付いてしまってからは俺と日向の間には俺の中で何かの壁ができてしまった。
ただのチームメイトと思えない。
仲間だと思えない。友達だと思えない。
俺にとってとても大切な、特別な存在でしかなくて…
「伊月?大丈夫か?」
「…見るな」
「え?」
俯き出した俺のことを心配してくれたのか下から俺の顔を覗き込もうとした日向に冷たく言った。
するとほんの一瞬だけ固まったような素ぶりを見せたがすぐに覗き込むことをやめて歩き出した。
今のこんな顔を日向なんて見られたくない。
身体の芯から温かくなって真っ赤になる顔。どうしようもなく飛び跳ねて大きく鼓動をうち続ける俺の心臓。
ー…苦しい。
「俺たちに今更遠慮とかねーからな。」
「お、おう…」
…だから、"何でも言えよ。"ってことなんだろう。
だけどもこればかりは。こればかりは…
まだ俯いたままの俺は自分の手を自分で強く握りしめる。
苦しくて辛くて、泣きそうになってしまうのを我慢する為に。
俺のいつもより少しペースが落ちた歩行速度にも隣で合わせながら歩いてくれる日向。
そんな日向の優しさに比例して俺の心臓は張り裂けそうなくらいにまでなってきた。
これがもし正常に女の子だったら。
何も躊躇わずに慎重に、だけど簡単に次の一歩を踏み出してた。
「だんだん暑くなってきたな」
「そう、だな…」
パタパタと手を扇代わりにして仰いでいる日向。
うっすらと頬には汗をかいていて、上着のチャックを全開にして中に着ているYシャツのボタンをいつもより多めに開けている彼はいつになく色っぽい。
5月中旬。
季節的にはまだ春なんだろうけど、気温が日に日に上がっていっているのは確か。
いつもと同じ練習メニューをこなしているはずなのに練習着の数は一枚や二枚と増えていってる。
体育館の中では暑さがこもって蒸すようになってきた。
特に雨の日なんかは最悪だ。
「じゃ、ここで」
「そうだね。じゃ、ここで。」
お互いの家の方向がこのT字路で逆方向となってしまう。
そして俺と日向は別れた。
別れてから五、六歩踏み出したところで俺は後ろを振り向いた。
ひゅ、日向の背中がだんだん小さくなっていく。
なんでアイツなんだ。どうしてアイツじゃなきゃダメなんだ…
そんなこといくら自分に聞いたって答えは出なくて。
日向が完全に見えなくなるまで俺はその場に立ちすくして、見えなくなったところで我慢していた温かいものが頬を伝った。
「な、なに泣いてんだ…っ」
制服の袖でいくら拭っても止まらない。
終いには赤ん坊みたいに声が出てきてしまった。
悔しくて。辛くて。
でも何よりもアイツが誰よりも好きで、愛しいと思ってしまうから。
こんなに強い感情は初めてでもう高校生だというのに戸惑ってしまったのかもしれない。
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