「征…!」

「降旗くんダメですっ、脳を強く打っているから、刺激は後遺症に繋がるって…」

「今さっき、処置してもらってこの病室来たところなんス。まだ、出血も酷くなくて大事にはならないって、」



病室に入り征に抱きつこうとするとと、黒子に止められた。そしていかにも重ぐるしい空気が取り巻いていた。黒子は隣にいる黄瀬に支えられながらも、今にもショックで倒れそうなほど顔色が悪い。黄瀬も、黒子に大丈夫だと声をかけながらも、その声に安心感は無く、頭を撫でる手も震えていた。

二人が見つめる先には、ベッドに横たわる頭を包帯で巻かれた征の姿。いつだって俺と会えば、優しく笑いかけてくれるはずなのに。
俺はここまで走って来た疲れなんて知らないで、ベッドの隣にあるイスに座って布団の中の征の右手を両手で握った。
…温かい。

しかしそれからというもの、俺はそこから動こうとしなかった。何度か小さく声をかけてみても反応してくれているような様子は見られなくて、征はずっと眠ったまま。



「降旗くん、お腹空きませんか?」



気遣ってそう言ってくれた黒子にも、何も口に出さずにただ横に首を振っただけだった。



「親御さんにも一応連絡は学校側からいってるみたいなんで。あと、俺たち帰るね。何かあったら黒子っちでも俺でも連絡ちょーだい、あんまり、思い詰めたらダメっスよ。」




そう言って黄瀬と黒子が帰ってからどのくらい経ったのだろう。何も考えずに、何もせずに。ただ、ただひたすら征の手を握って征の傍から離れなかった。気が付くといつの間にか外は真っ暗。廊下から少し漏れている光や音にも、全く気が付かなかった。
自覚したからか、少し肌寒い。握っていた手は温かいけれど、やっぱり、それだけじゃいっぱいにならなくて。



「なあ征、今夢見てるの?それともぐっすり寝てるの?征…、何も思ってなさそうなカオしながら眠ってるから、俺、怖いよ…っ」



もう目が覚めないんじゃないかって。
こんなときまでも、夢で将来のことずっと考えてるんじゃないかって。
目が覚めても、もしかして今までの笑顔を俺に向けてくれなくなるんじゃないか、って…不安なんだ。



「お願いだよ、征…早く目覚めてよ。今日は、征の大好きな湯豆腐にしようと思ってたんだよ?一緒に帰って、一緒に食べようよ…」



その声は、嫌という程静かな病室に切なく響いて俺の耳に届いた。

そして暫くすると、見回りにきた看護婦さんが来て、「面会時間は終了しました」なんて事務的な挨拶をして病院から出るように促した。
…なんだ、もうそんな時間なんだ。



「分かりました。…今、出ます」



この手を今離してしまったら、何かが変わってしまう。大切な何かを失くしてしまう。そう直感で感じたけれど、俺はこの手を離さざるを得なかった。



「また明日ね、征」



眠り続ける征を置いて、俺は二人の家に帰った。











それから征は、何日も目を覚まさなかった。入院してる間に精密検査をしたらしいけど、それでも異常はどこにも見つからなかった。幸いそこまでの大事にならなくて、もう目を覚ましてもいい頃だけど、って医者も何故目を覚まさないのか分からないと言っていた。

そして、征が入院して眠りについてから五日目の今朝。日曜日である今日は午後に病院に向かうつもりでいた。しかし、鳴り出した携帯に出ると、飛び起こされた。



「良かった、何も無くて…っ!」



赤司くんが目を覚ましたんです。黒子は嬉しそうに電話口の向こうでそう言った。たまたま黄瀬と朝早くに行こうと話していたらしく、病室に着いた時にはもう。目を覚ましてすっかり良くなっていたと。
俺はいてもたってもいられなくて、適当に手にとった洋服をチョイスしてダッシュで家を飛び出した。



「はぁ、はぁっ…はっ…!!」



息を切らして会いに行ったらなんて言われるんだろうか。
「そんなに走って来て、転ばなかったかい?」て、心配してくれるのかな。
「体力が落ちたね、またバスケやろうか」って、戯けるのかな。
「心配かけてごめんね、光輝寂しかったかい?」って、笑って抱きしめてくれるのかな…

どのシチュエーションも俺は嬉しくて、早く会いたくて、信号待ちも電車待ちも、長く感じた。




「征…!!」



堪らなくて、病室に入った瞬間に俺は大きな声で征を呼んだ。

白いベッドの上で昨日まで横になって眠っていた彼は、今日は黒子たちを見つめて座って笑っている。いつもと変わらない笑顔で。
しかし、降旗が病室に入り、赤司を両腕で包もうとした一瞬に、表情は変わり、身を強張らせ距離を取ると、あろうことかとんでもない言葉を口にした。



「君は誰だ?この僕に気安く抱きつこうなど、頭が高いぞ。」



声を張り上げて、赤司は怒った。しかし、降旗は意味が分からず冗談でも言っているのかと更に距離を縮めようとする。



「征?何言ってるの。僕だよ、降旗光輝。それにしても、頭が高いって久しぶり…」

「征、とは何だ。降旗くん。そもそも、僕が話したいのはかつての仲間だ。悪いが君にはご退出願いたい」

「え…?」



なんと無く、分かってしまった。理解したくはないけど、なんと無く、なんと無く今がどんな状況であるか分かってしまった。

征の降旗くん呼び。頭が高い。この一定の縮まることの無い距離間。征の、俺に対する圧倒的威圧感。
黒子の何も言わずに見せる泣きそうな表情、黄瀬の哀れなものでも見るようなどうしようもない表情。



「降旗、光輝。赤司の、恋人…」

「何訳の分からないことを。降旗くんも、精密検査受けたらどうだ?急いできたみたいだし…転んで頭でも打ってのでは?」

「征…ーーーーーー!!」




目が覚めた征は、恋人である俺のことを忘れていました。黒子や黄瀬のことはとてもよく覚えていて、俺の目の前でとても楽しそうに笑っていました。どうやら彼の中の俺の記憶は、高校生の付き合う前の会話なんてろくにしたこともない頃までしか残っていないようでした。
そのあまりにも衝撃的な事実に俺は、いてもたってもいられなくなり、遂には泣きながら病室を飛び出しました。そして、やはり追いかけてきてくれたのはあの大好きな彼では無く、黒子と黄瀬の二人だけでした。


俺はその時はじめて、神様を恨んだ。
どうして、俺の記憶を消したの?
どうして、俺から征を奪うの?
どうして、どうしてー…?









ーーーーー俺の大好きな彼は。
もう、「光輝」って、優しく笑って抱きしめてはくれない。




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