二人が離れる時
!みんな少し大人になりました(大学生.成年)設定!
!二人は同棲中!
「ふふふふっ」
夕食もとり終わって、今日は当番である降旗がちょうど食器を洗い終わった時のこと。小説を読んでいたと思っていた赤司が珍しくテレビを見て楽しそうに笑っているのだ。
「何々?そんなに面白いの?」
「あ、光輝ありがと。そうなんだ、この芸人と素人の会話が面白くって…ほら、この、ふふっ、はははっ」
「あははっ、ホントだ。これ面白いねっ、ははっ」
あまりに征がテレビを観て大笑いするものだから、気になってすっ飛んできてしまった。俺が普段面白いと思うものでも征はなかなか笑わない。笑う時だってそれはあるけど、大笑いなんて滅多にないんだから。
それに、俺は昔の征をあまり知らないから本当なのかよく分からないけど、俺と付き合いはじめてから征は、よく笑うようになったらしい。雰囲気だって、変わったと会う人に言われている。
「お腹いたいよ、光輝。ちょっと笑いすぎたかな…ふふっ」
「征がお腹いたいほど笑うなんてホント珍しい。この人たち、売れるかな」
「どうだろうね」
「征、苦しいでしょ、お茶でも飲む?」
「ああ、ありがとう。お願いするよ」
苦しかったのか、乱れた息を整えながらもまだテレビを観続ける。このまま息の仕方忘れて窒息死してしまうのではないかと心配する降旗を他所に、まだ彼は笑う。
明日、この話みんなにしてやろう。キッチンに入り、面白半分で企んだ降旗は食器棚からコップを二つ取り出してお茶を注ぐと、赤司の待つソファへ戻った。
「笑って零さないでね」
「大丈夫だよ。ありがとう」
僕は、受け取ったコップを両手に持ちながらもテレビを観て、隣に座った光輝に身体を預けた。すると光輝は、僕を見つめて微笑んだ。
付き合いだした頃は、こんなに優しい笑顔を僕に向けてはくれなかった。距離だってそれなりにあったし、手を繋ぐのも毎回抵抗された。征、だなんて呼びはじめてくれたのも付き合って何年も経ってから。
時間と共に、僕たちの関係も深くなった。お互いがお互いを必要としている。これ以上の幸せは、僕はないと思っている。だけど、いつも光輝は幸せの絶頂にいるはずの僕をもっと幸せにしてくれる。…不思議だ。
「ちょっと征、何ニヤついてるの」
「光輝のこと考えてたんだよ?」
「俺のこと考えてニヤつくのやめろって」
「別にやましいことじゃないよ。しあわせだなー、って思ってただけ」
征は、たまにズルい。普段はしっかりとした大人の雰囲気醸し出してる癖に、俺といるときはこうやって甘える。可愛い顔をするんだ。
「幸せなのはお互い様だよっ、バカ征っ」
「…!」
光輝からのキスを貰えるようになったのも、二人でゆっくり時間をかけて思い出作って、笑って、言い合って、色んなことたくさん重ねてきたから。
「…でも、バカとは心外だな、バカ光輝」
「征もバカって言ったー」
「ふふふっ」
「あははっ」
ーーだけどその夢みた幸せは、ある事故によって儚いものになってしまった。
次の日、いつも通り大学にいた。午前の講義も終わって昼休みに入った時だった。俺の携帯が鳴った。忙しくなる携帯のディスプレイ画面を見るとどうやら相手はかつての仲間の黒子テツヤだった。またみんなで集まりたいなんて連絡かと思って軽い気持ちで電話に出ると、黒子は焦っていた。息も絶え絶えで、動揺していた。
なんとなくだけど、胸騒ぎはした。良い報せでないことは分かった。だけど取り敢えず、落ち着いてくれと声をかけた。そして、一間置いて少し落ち着いた黒子が口にした言葉に、俺は持っていた鞄も資料も全て一気に落とした。
『赤司くんが、キャンパスの階段から転がり落ちて…っ、救急車で病院に運ばれたんです…!』
「征が落ちた…病院…?何言ってんの?頭打ったのは黒子じゃん?」
『冗談なんかじゃありません…!ぼ、僕だって信じたくないです…っ、で、でも…』
意味が分からない。征が階段から転がり落ちた?病院に運ばれた?俺は何も信じられなくて黒子の方が頭打ったのではないかとおどけてみせると、電話口の向こう側で黒子は怯えたように泣きそうになりながらも次々に一生懸命に言葉を繋いだ。
するとまた電話口の向こう側で「黒子っち、貸して」という黄瀬の声がした。今の黒子では状況を説明できないだろうと黄瀬が変わったんだと思う。
『降旗くん?黄瀬っス。あのね、赤司っちが病院に運ばれたのは本当で、今すぐに病院に向かって。俺たちも今から向かうから。』
「わ、分かった。でも階段から落ちたって言っても大したことないんだろ?骨折とかその程度だろ?大事をとって救急車に運ばれたんだよな?」
『…落ち着いてよく聞いて欲しい。赤司っち、かなりやばいみたいっス。強く頭打ったみたいで血も出てたし。だから、早く来て。』
「は…?」
俺は、その瞬間に全ての音を無意識にシャットアウトしていた。何も聞こえない。何も考えられない。ただ、脳裏にいた赤司が俺に優しく笑いかけたかと思うと、一瞬にして頭から血を流して倒れて意識が無い赤司になった。
そして怖くなった俺の頭は真っ白になった。ばら撒いた資料に、午後の授業だって、周りの視線なんてどうでも良くて、鞄だけすぐに拾って走って大学から抜けた。黒子から聞いた病院を目指して、ひたすら走った。
「征…征、征っ、征十郎…っ!」
どうか無事でいてくれ、なんてこと無かったってまた笑ってくれ、昨日みたいにまた甘えてくれ…!!!
赤司の無事をただひたすら祈りながら、降旗は病室に駆け込んだ。
[ 10/16 ][*prev] [next#]