恥ずかしいけど、幸せな思い出です

「…は?」

「うぅ…すみません青峰サン…」


今日は桐皇学園文化祭一日目。本日は大変お日柄も良く…とかカタッ苦しい校長の挨拶も終わり、ついに文化祭がスタートした。そして俺は恋人である桜井良と一緒に回ろうと約束をしていた。でも良がよくわかんねえけど準備があるどうのこうのでスタート時刻には遅れるから待ち合わせ場所で待っていて欲しいとか言われて素直に待ってた。

んで、その待ち合わせ場所に俺の名前を呼ぶ良の声が聞こえたからやっと来たか、と思って顔をあげるとそこにいたのは女装した良だった。


「いや、謝るとかよりも事情を説明しろ」


桜井は心底後悔していた。何故あの話をいくら流れだったとはいえ、しっかりと断らなかったのかと。

あの話とは、この桐皇学園文化祭ではクラスで推薦された者が女装か男装をする、というもの。二日間ある文化祭の中で女装か男装をした、誰か一人気に入った生徒に投票し、文化祭終了時に掲示板に順位を発表するというただのお遊び。
しかしそれは必ずしも一クラスで一人というルールではなく、強制でもない。しかし桜井はクラス全員に「桜井が女装すれば必ず一位を狙える」と言われ出ることになってしまった。


「すみません青峰サン…これじゃあゆっくり二人きりで回れないですよね、」


猛烈に後悔し、反省する桜井であったが青峰はというと。

ークッソ…!!良すげー可愛いの!白のミニワンピースとかそれはもう反則の域でいんじゃねーの!?つか、これ周りの奴らみんな見てるわけだよな…うわ、てことは今吉とか若松も見んのかよ。それはちょっとねえわ。

女装をする桜井に心の中で可愛い可愛いを連発した挙句、こんな可愛い俺だけの良を他の奴の目に晒すとか考えるだけで腹が立つと嫉妬していて何やら忙しそうだ。
それに、青峰がここまで嫉妬するのも正直無理もない。今回の桜井のコーディネートは地毛と同じ栗色の毛先がゆるくカールを巻かれたロングのウィッグをつけ、太ももまでしかない真っ白なミニワンピースを纏い、腰には茶色のワンポイントでリボンがついているベルトをし、足元は可愛らしい茶色のヒールが少しある靴。ナチュラルメイクも施し、頬には薄っすらとピンクのチーク、そして唇には柔らかそうな印象を与えるグロスが。何とも女の子独特のフワフワとした雰囲気を漂わせながらも白のミニワンピースが大人な色気のある雰囲気を持ち合わせるという普通の女子でもここまでのはいないと思わせるほど可愛いのだ。


「あ、青峰サッ…ン、」

「何だ?」

「すみません、ヒールとか履いたことないんで少し歩きズラくて…」

「あ、そうだな。悪かった」


桜井が申し訳なさそうに言い終えると青峰は桜井の手を取り、桜井の歩調にあわせて歩みはじめた。ちょっととはいえヒールの靴になれていない男子は歩くのは一苦労だろう。それに、こんな靴履いて足でも挫かれたら大変だなと思った青峰は、段差や足元をいつもより注意することにし、階段などの下からのアングルで桜井のスカートの中が見えてしまうような場合はもっと警戒し、自分が桜井の後ろに回るなどの配慮を施した。


「あ、青峰サン、家庭科部が作ったチーズケーキだそうですよ!一緒に食べませんか?」

「うまそうじゃねえか。それに、レシピも配ってるみてえだ。良貰っとけよ」

「はい!」


繋いでいる手を子どもみたく嬉しそうに一定のリズムで揺らす。学校なんかで手を繋いでいて変に誤解がされる心配もあるが、今は女装男装コンテストで一位を取るための演技だと思わせれればいい。

家庭科部のスペースに来、チーズケーキ二つとレシピが欲しいとお願いする。ニッコリと笑って始めにレシピを受け取り、チーズケーキを貰う。すると受付の子に「×組の桜井くん?女装似合うね、頑張って!」と声をかけられて思わず苦笑い。いや、確かに嬉しい気持ちもあるのだが、まだ慣れない桜井は小っ恥ずかしい気持ちの方が大きいのだ。


「ちょいどいいや。さつきのクラスの喫茶店入ってこーぜ」

「はい!わあ、可愛らしい外観ですね…いつもの多目的室だとは思えません」


ここは文化祭であり、今の自分は女装しているということを忘れるほど楽しい桜井はちょうど通りかかった桃井のクラスが経営している喫茶店が気になり、入ることにした。


「あ、桜井くん!やーっぱ可愛いね!」


喫茶店に入るなり、メイド服姿で誘導をしようと出て来た桃井に捕まる。上から下まで舐められるように見られて、若干引き気味になる桜井。だが桃井はその間もずっと可愛い可愛いと繰り返し、やんわりと自然に手を繋ぐ青峰に嫉妬さえしていた。
「あとで私も手繋ぎたい!それと、一緒に写真撮ってね!!」とはしゃぐ桃井を見て笑顔は引きつっているものの、本音で桜井は言った。


「桃井さんのメイド服も、全部素敵ですよ。ボクなんかよりも何倍も遥かに」



喫茶店でパンケーキを二つと飲み物を頼み、テーブルで青峰と桜井が楽しそうに食事を済ませる。それから繋いでいた手を離すことなくお化け屋敷に仲良く入り、本物のカップルだと間違えられそうになったり、桜井のリアクションが思いの外大きくその反動でキスしそうになったり。慣れないワンピースやヒールの所為で転びそうになる桜井を何度も助ける青峰に、わたあめや焼きそばを買ってとても嬉しそうにはしゃぐ桜井。

そんな二人に、今吉と諏佐が近づいてきた。


「おー、青峰やんか。桜井知らん?女装しとるゆーからいびってやろう思うねんけど…」


青峰の隣にいるのに、わざとそうしているのか否や。桜井はどう反応したらいいのか分からずいつもの癖で謝ってしまおうと頭を下げる。


「スミマセンッ!ぼ、ボクが桜井ですっ!」

「「…え?」」


いつもの弱々しい男の桜井とは違い、今はその弱々しさが逆に女の雰囲気を掻き立てる。桜井が始めてそこで自分の名前を名乗ったときは驚いたが、メイクしてある目元に服装でカバーされている背格好も、雰囲気もよくよく見れば桜井そのもの。

それを知った二人は言葉を失ったが、目の前にいる人間があの桜井だと知ると先ほどの今吉の言葉同様いびりはじめた。


「うわ、まじかよ。桜井似合いすぎてやべえんだけど」

「ホンマやで!wえらい桜井似合っとるやんけ!いびろう思うたけどう、わ…かける言葉もないわ」


それに青峰も一緒やのにこれ以上お邪魔するんも悪いやろ、と言って片手でヒラヒラと手を振りながらどこかへ歩いて行った。青峰は何だアイツらと言わんばかりに遠くを見つめる。かと思えばまた突然桜井の手を引き、今度は「たこ焼きが食いてえ」と屋台の方へ一緒に歩いて行った。

結局青峰の食欲が留まることはなく、たこ焼きに本日二回目の焼きそば、それからフランクフルトにかき氷と二人で持っても収まりきらないような量を抱えピロティに休憩スペースと称して用意されたベンチに腰を下ろした。


「あ、青峰さん青のりついてますよっ」

「あ?どこだよ」

「少しじっとしててくださいね…」


たこ焼きを美味しそうに頬張る青峰が可愛くて仕方ないと見つめていた桜井は、青峰の口元に青のりがついてしまったのに気がついた。どこだと言われても説明し難いので桜井が手を伸ばして取る。


「ホラ、取れましたよ?」

「ん、サンキュー」


桜井もそろそろ何か食べようとフランクフルトを取り口に含んだところで周りの視線や話し声に気が付いた。


「うわ…」

「あれ青峰だよな?つーかあんな可愛い彼女いたのかよ…」

「しかも口元からなんか取ってたし」

「リア充爆発しろよ」

「つかこんなところでイチャイチャすんなよ…」


周りにいる人がみんな僕たちを見てる。みんな見てる…!!
先に気付いてしまった桜井は口に含んだフランクフルトをどうすることもできなくて赤面して固まってしまった。桜井たちからすれば、あの行為はいたって普通なのだ。普段からあんなことしているし、二人の世界に入ってしまえば呼吸と同じくらい普通のこと。しかしそれを公共の場で、それも女装した身でやってしまったことが恥ずかしくて今にも泣きそうになる。


「良?気分悪ぃのか?」

「違います…ぅっ、気にしないでください…っ」

「は?ほんとに大丈夫かよ。顔赤ぇし保健室行くか?」


青峰が心配してくれるのは嬉しいが、その言動全て周りの人に聞かれていると思うといても立ってもいられない程恥ずかしくて、顔をあげることもできずひたすらこの状況に耐えるしか無かった。



「すいませーん、桜井さんですよね?写真いいですかー?」

「あ、そうですけど…写真?」

「女装コンテストの文化祭終了と同時に貼り出す写真です。一人が嫌でしたら、お隣の方も一緒にどうですか?」


一眼レフのしっかりとした写真を首から下げていたのは生徒会の今回の文化祭の写真担当の生徒。どうやら今から撮るのは後日学校に貼り出される結果であろう。
隣にいた青峰も「別に良いんじゃねえの」と承諾したので、一緒に写ることにした。これが学校のみんなの目に晒されるのだと思うとかなり恥ずかしいが、割と青峰がノリノリな為精一杯女の子らしくポージングを取り笑顔を作った。


「ハイ、ありがとうございまーす」


一枚シャッターを切り、礼を言うとすぐにまた別の人も元に走って行った。







*文化祭終了、順位発表の日。


「まー、妥当だよな、あの順位は。」

「今年はアイツ以外あり得ないっしょ」

「ねー、それにしても票数が圧倒的過ぎだよね」

「寧ろ男だって言わなきゃわかんねえんじゃねえのってレベルだよな」

「女に生まれた私たちへの当て付けですか、嫌味ですか、って感じ。悲しくなる」

「俺アイツなら彼女にしてもいいや」

「それな。隣に並ぶ青峰が羨ましいよ」


下駄箱の入り口にある桐皇学園生徒用掲示板に大きく記載された女装コンテストの順位。毎年毎年票数はバラバラになるのだが、今年は異様なまでに固まっていた。二位と大きく差を付け一位を勝ち取ったのは、他でも無い桜井良だ。それを見た生徒は皆口を揃えて言った。
「そりゃそうだろ」と。

その結果を見た桜井本人は顔をこれでもかと言う程真っ赤に染めて、もう学校に来たく無いと言い出す始末。一緒に写真に写り、桜井の彼氏である青峰は満足げに顔を綻ばせた。


「あー、これで良が巨乳だったら最高なんだけどなあ」

「青峰サン…っ!!!」

「でもま、胸なんてどーでもいーや」


「今の良が一番誰よりも好きだから。」
そう耳元で囁いて、校舎の死角で唇を重ねた。女装姿を晒されて、学校でキスされて。これ以上にないくらい恥ずかしい思いをしたけれど、一生忘れることのない思い出になった。



だけど桜井が何よりも嬉しかったのは、あの写真に写る自分が女の子に見えたこと。普段から青峰と付き合う自分が男であるということを気にしていた桜井はあの一枚の写真の中に写る二人が男と女の普通のカップルに見えたことが嬉しかった。

掲示期間が終わり、生徒会の人に写真あげる。と言われた桜井は今でも大切にオシャレな写真立てに入れて飾っておいてある。




[ 4/16 ]

[*prev] [next#]



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -