▽ 夢って何だっけ?
「月麗華です。よろしくお願いします」
お昼休みが終わり、このタイミングで?というタイミングで私は1年B組に足を踏み入れ、自己紹介をした。始めての景色に始めての人たち。見慣れない場所で緊張するかと思ったけど、不思議とその緊張は無かった。…一度や二度と、この場所を見たことがあったからであろうか?
お辞儀をしてから一番後ろまで見渡すと、水色の髪の毛が少しだけ見えた。火神くんが前に立ちはだかって、教卓からのこのアングルだと顔まではよく見えない。だけど、他の生徒や火神くんと同じように何も知らない表情をしてるに違いない。
ーあの夢の記憶を共有してるだなんて、そんな馬鹿げた話が存在すると思っていないから。
彼と、私は、初対面…
「麗華ちゃん、一緒に残ってお話しない?」
「…え?いいの?」
「うん、私たち三人みんな麗華ちゃんと話してみたいねって言ってたの!」
「今日大丈夫?」
「うん!」
自己紹介を含めた五時間目と六時間目の授業が終わり、チャイムが鳴り響き放課後になる。あれから話しかけてくれる人は何人かいたものの、明日からどう生活すればいいのか悩んでいた矢先、仲の良さそうな三人に話しかけられた。カバンを肩にかけ、帰宅しようとしたときだった。
「…」
「黒子?」
「!あ、はい。なんですか?」
さっきから何度もボーッとしては名前を呼ばれて我に返る、このループである。昼まではこんなことなかったのに、あの転入生が来てからコイツは様子がどうもおかしくなった。動揺する素振りを見せたり、練習にも集中しているように見えない。それにいつもより一段と影が薄い。
「お前おかしーぞ。腹でも壊したのかよ?」
「ち、違くて…」
「は?じゃあどうしたんだよ。言えないってか?」
「こないだ話した女の子のこと覚えていますか…?」
ゆっくりと口を開いて震えそうになるのを抑えながら話しているのが分かる。そんなに思い詰めて話す内容なんだろうか。
それに、こないだ話した女の子のこと。と言うことは未来からきたどうのこうの、の子だよな…?取り敢えず覚えていたから俺は頷いて次の黒子の言葉を待った。
「今日来た転入生の月さんが、あの時にあった女の子なんです」
あの転入生が来てからの黒子の動揺ぶりや反応、それからあの未来からきたという女の話をこのタイミングで持ち出したあたりからそうなんじゃないかと勘づいていた。でもそんなのあるわけない、俺たちの前に現れるハズないって思ってた。だからそれを肯定することなんかできなかったのに。
…今黒子は何と言った?あの未来からきたとかいう女が俺たちと同じクラス?
「んなわけねえじゃん」
それが俺の精一杯のセリフだった。そんなあり得ないことをそうか。なんて信じたらどうにかなるんじゃないかって不安になっちまう。いっそのこと全部夢でさっさと覚めちまえばいい。
「だから本当なんです…っ!」
俺に信じてもらえないからか、自分でもこんなこと起きるハズがないと不安に押し潰されそうなのか、今にも泣きそうな表情で俺の腕を掴もうとした黒子を背にして離れた俺に必死な思いで振り絞って出したであろう言葉を俺は聞かないことにした。
ー本当なんて、あるわけねえだろ。
「んもう…こんな思い教材一度にもらってもどうしようも無いって」
翌日。職員会議が始まる前に教材を渡したいからできるだけ早く職員室に来てくれと昨日先生に言われたので私は八時前に学校に着き、先ほど職員室に行き教材をもらった。八時前に来たのは早かったと後悔しつつも、まだ誰もいない教室で、しかも誠凛高校を探検するのも悪くないと思った。
「バスケ部とか、見に行ってみようかなー…」
独り言をボヤきながらクラスの前まで来ると、誰もいないと思っていたのに扉があいていることに気付く。誰かが先に来ていたらしい。こんな時間に早いな、なんて思いながらクラスに足を踏み入れると案の定いたのは黒子テツヤだった。
高揚する気分を全力で抑え、久しぶりだなんて言いそうになるのも抑え、自身の机まで歩く。彼も私に気付いたらしくこちらに視線を向けているがあえてそれに反応しない。私たちは赤の他人。まだ初対…
「お久しぶりです。月さん。」
…え?
私は動きを止めた。黒子っちが私にお久しぶり?そんなハズ無い。ただ何かの冗談か、間違いだってー
「やっと会えましたね。ー約束の未来で」
「黒子っち…!!!」
振り向いて見えた黒子っちの表情は慈愛に満ちた、何とも言えない表情だった。その黒子っちに私は駆け出し、抱きついた。
「私も会いたかった、黒子っち…!」
「わっ、あの時から何も変わっていませんね」
「そうかな?でもそう言う黒子っちだって何も変わってないよ!」
あの時にあったあの記憶は、私だけに存在していたわけじゃない。キセキの世代のみんなの記憶として存在してるんだ。あの日は、確かに存在した。…でもと言うことは、あの夢だと思っていたことは実は夢なんかじゃなくて今みたくトリップが成功してた、ってこと?それにキセキの世代みんなと同じ時間を共有したってことは他のメンバーも私のこと覚えていてくれてる、ってこと?黒子っちを目の前にしながらも首を傾げる。
「どうかされましたか?」
「う、ううん…ちょっと考えてただけ」
黒子から離れて自身の机へと向かう。授業の準備をしなければならない。これだけの教材を机の中に入れるわけにもいかないのでロッカーへ何冊か移す。
他のキセキの世代。黄瀬に緑間に青峰に紫原に赤司…全員が必ずしも私のことを覚えてくれてるなんて、考えにくいけど?
それと、原作のストーリーを勝手に変えたりしたら怖いからできるだけ未来についてはもう何か言うのはやめよう。
「それと、あの時に言っていたことって…」
ギクッ。
あの時は面白半分で言っただけだし、そもそも記憶として残っていたなんて思ってもないし…!
どうしようと挙動不審になりながら出した答えは。
「てっ、天からのお告げかなっ?そ、そのことはもう無かったことにできな…」
「それはできません。月さんの言ったことが全部その通りになったんですよ。」
「え、と…だから…本当にたまたまで…っ」
「たまたま?火神くんのことも知っていて、キセキの世代の今のユニフォーム番号を一人も外さず当てたことがですか?」
ーそれに。
「未来で待ってます。のメッセージは?」
「ぅ…っ、」
しょうがない。もうこーなったら信じてもらえるわけないけど、話せるところまで話すしかない、か…
「分かった。じゃあ黒子っちだけに教えるよ、本当のこと。但し、条件つきね?」
このまま二人きりの教室で、迫ってくる黒子に隠し通せるハズがない。それに、同じ次元で同じ地元で同じ学校で同じクラスにいれば、今逃げ切れても、今日のいつか、今日逃げ切れても明日、明後日と元いた次元に帰れるまで隠し続けることはできないだろう。それに汚れをしらない純粋な綺麗な水色の二つの瞳に見つめられては嘘なんてつけない。
だから月は、二つの条件を付けて、核心には触れず真実を告げることにした。
「条件?…ですか」
ーそう。その条件とは、
イチ、この事は絶対に誰にも言わない事
ニ、他のヒトに私の秘密について咎められた時はフォローする事
その二つを条件として提示すると、暫く悩んだあと、ゆっくり口を開いた。
「そんなに他の人に知られてはいけない重要なことですか」
「…というかまあ、信じてもらえないと思う。でも、黒子っち以外に知られたくないっていうのは本当だよ」
「分かりました。それじゃあ僕が部活終わるまで待っていて下さい」
「…い?部活終わるまで待つ?」
「はい。」
黒子の出した答えは、今日の放課後の部活が終わるまでに答えを出すからそれまで待っていてほしい、というものだった。それに、火神くんや今のチームメイトにも会って欲しいというものだった。月からすれば悪い条件でなかった為、すんなり承諾をした。これで、今日一日のスケジュールは決まった。
黒子が一体どんな答えを出すかは気になるところであるが、今は誠凛のメンバーに会えることが楽しみで仕方がないので良しとする。
「んー、それにしても黒子っち変わってないよねー!」
「…そもそも月さんも僕のこと黒子っちって呼ばないで下さい。黄瀬くんじゃあるまいし」
「だってこの呼び方クセなんだもん。…黒子って呼び捨てなのも嫌だし、テツくんもなんだか慣れなれしいじゃん?だからって黒子くん、も余所余所しいし…」
「慣れなれしいも、余所余所しいも僕たちまだ会って二回目ですよ」
「細かいことは気にしなーいの!ね、黒子っちでいーでしょ?」
仕方ないですね…と半ば呆れ気味にいつから持っていたのか小説を開いてそちらに視線を落とす。初っ端ウザがられたような、扱いが安定の黄瀬で決定したような態度にも見て取れるが、間近で本当に白い綺麗な肌に水色に染まった髪を見れるのでそこも良しとする。ペタペタと触っていると、またいつの間にかいたのか火神が二人をすごい目で見ていたのに気がついて苦笑いで黒子から手を離して自身の机に戻ろうと立ち上がった。
「…ジャ、放課後ね、黒子っちに火神クン」
「はい。」
「は?放課後ってなんだよ、つーかお前誰?」
「始めまして、月麗華です。以後お見知り置きを、ネ」
軽く手を振って二人に背を向ける。二人がどんな会話をしているのか気になるところだけど、今は何も気にしないフリをした。
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