褒美か罰か | ナノ


▽ キセキの軌跡


「あれ、今日はバレー部と反面なのか…」

「そうみたいですね。」



今日の体育館練習は、どうやらバレー部と体育館反面を譲り合ったらしい。さっきカントクから聞いた話だとバレー部ももうすぐ大切な大会を控えているらしくどうしても。とお願いされたそうだ。
火神くんと一緒に体育館へ来ると既にバレー部は練習をはじめていた。普段はバスケットボールが床につく音やゴールをくぐる音にバッシュのスキール音にバスケに相応しい掛け声が響く体育館だけど、今日ばかりはバスケットボールとは違うバレーボールが床につく音やアタックを打つ音、バレーボールに相応しい掛け声が響いている。



「女子がいる体育館なんて…!」

「クソッ…集中できねえよ…!!」



見慣れない風景に先輩達はかなり戸惑っているような、興奮しているような様子で向こうのバレー部に釘つけだ。こんなことでWCに挑むだなんて馬鹿げていると思う人もいるかもしれないが、これがきっと正常な男子の反応だとは思う。

…それに実際僕も、先輩達とは違う理由ではあるがバレーをしている彼女達が気になってしょうがないのだ。



「黒子。お前好きな奴でもいんのかよ」

「え?」

「さっきからやけにバレー部見んなあ、と思ってよ。普段女子になんて見向きもしないお前だから余計気になった」



休憩に入った今も、飲み物を口にしながらバレー部の方を見てしまう。だけどそんな僕の様子が気になった火神くんが声を掛けて来た。でも僕は、誠凛のバレー部の女の子に興味があるわけではない。かと言ってバレーに興味があるわけではない。



「思い出しているんです。ある女性のことを」

「ある女性?」

「はい。彼女とはじめて会ったとき、バレーボールで遊んでいました。そんな彼女をバレーボールを見ると思い出してしまうんです」



ーそう。何も知らない彼女に出会ったのは中学三年生の忘れもしない、あの春が夏に変わろうとしていた時のこと。彼女は僕たちが体育館に来るまでどこから持って来たのかバレーボールを触ってとても楽しそうに遊んでいた。一見運動は苦手そうに見えたけど彼女のする一つ一つの動きは、無駄がなくバレーは素人の僕でもうまいと思った。

そんな彼女の存在を思い出したのは、僕の新しい光に出会ったとき。…そう、現に僕の隣に、傍にいてくれる火神くんに出会ったことだ。そして、あのセリフを聞いた時まるで身体全体に電流が流れるような感覚に陥った。



「なりたいじゃない、なる…」

「あ?いきなりどしたんだよ」

「火神くんにこの言葉を言われる前に、その女性も同じこと言っていたんです。それから…彼女のこと、よく思い出すようになりました」

「俺より先に?…まあ、誰が言ってもおかしくないような言葉だしな。別におかしくないんじゃねーの?」



僕もそう思いました。でもそれより驚いたのは…



「火神くんの名前と、キミがよく食べることも知っていたんです。」

「…は?」


あの日の練習で僕はいつもみたく体力の無さでヘトヘトになっていました。赤司くんから相変わらず黒子は体力がない、と言われて青峰くんからも小食だからだ、と悪態をつかれた。そんなとき月さんが僕に叫んだ。



『黒子くんも火神くんみたいにもっと食べなきゃダメだよ!…あ、でも火神くんは食べ過ぎ、か…』



と。そのときの僕は彼女の言っている意味が分からなかったし、ほかのみんなも唖然としていた。今隣にいる火神くんのことを言っていたなんて知らずに。



「…ありえんのか?未来から来たなんて」

「火神くんに出会うまで僕も信じてませんでしたよ。でも彼女の言ってたことやってたことが今こうして実現しているんです。不思議でたまりませんが…」





「お疲れ様でしたー」

「あ、お疲れー」

「お疲れー!」



今日の練習もこれでお終い。着替え終わって帰る支度も済んだので更衣室から出て体育館をくぐり帰路につく。…が、誰もいない静寂しかない体育館を目にすると俺はいつもあの子を思い出してしまう。ここは海常高校の体育館であって帝光中学の体育館とは明らかに作りも雰囲気も違うけどどうしてもあの端っこに、あの子がバレーボールをついている映像が頭に浮かんでしまう。



「黄瀬ー、何やってんだ?」

「笠松センパイ…ちょっと思い出しちゃって」

「何を?」

「中学のときに会った、俺たちのことを本当になんでも知ってた女の子っスよ」



体育館の中で立ち止まっていると後ろから笠松センパイが声をかけてきた。そして今俺がここに突っ立っているわけを言うと笠松センパイはまた女か、というようにあきれた顔をした。でもその女は俺が今まで目にした女とは違うんスよ。と言うとはいはい、とまた俺をあしらって先に帰ろうとするので今日は俺も途中まで一緒に帰るっスと隣にならんでまた話し出した。



「こないだのIHのとき、“借りは冬返せ”って笠松センパイ言ったっスよね」

「ああ、だな。」

「それと同じようなことその女にも言われたんス」



桃井っちに言われてみんなで黒板を見たとき、最後の意味深なメッセージのほかに一人一人にもメッセージが残されていた。そして俺へのメッセージには、こう書かれていた。



「冬がリベンジのときです。先輩にも言われたでしょう?って」

「ちょっと待て。そいつ、過去に会った女なんだよな?なんでそんなこと…」

「俺にもわからないス」



笠松センパイにそう言われたときに俺は今まで忘れかけていたあのコの存在を思い出した。そして、誰もいない体育館を見るたびに思い出してしまう。
ただ、あの月ってコが俺に残していったものはたくさんある。それはきっと俺だけじゃなくてほかの人たちも感じてるはず。それに俺があの日プレーでしくじったとき、あのコは俺にこうも言った。



『ちょっと黄瀬くん!そんなんじゃ笠松センパイにしばかれるよ!』



あの時はなに言ってんの、この人。としか思わなかったけど笠松センパイにしばかれるたびに、どうして笠松センパイの名前もしばかれることも知っていたんだろうと不思議に思う。





「…」



うちの指定の制服のスカートは、アイツが着ていたスカートとは違う。ヒダの数はさほど変わりないとは思うがアイツが着ていたスカートとは違う…あの制服、どこにでもあるような無地でシンプルなものだった。一体、どこの学校なんだ…



「ちょっ、真ちゃん?どこ見てんの!?」

「…は?スカートだが。」

「ブハッ!やめなよ!見るならもっとさ、こう…バレない程度にこっそり見ないとさ、今の真ちゃんただの変態だからね!?視線感じてる女の子がおびえちゃってるから!…ご、ごめんね〜うちの緑間悪気があったわけじゃないから!」



確かに違う。俺は別に好意があったり変な気を持って見ていたわけではない。だが、俺が見ていたスカートを履いていた女子はたしかにおびえていて少し涙目になっている。こればかりは反省しないわけはないので、素直に謝罪した。



「でもなーんでスカートなんて見てたの?」

「探している女を思い出していたのだよ。そいつは無地のヒダスカートを履いていてうちの指定制服とは違ったからどこのなんだろうと考えていたらこうなってしまったのだよ」

「探してる女ねー?」



中学を卒業して俺はあの日のこともアイツのこともすっかり忘れていたようだった。それに誰もアイツのことを話に持ち出したりしなかったからだ。そんな俺がアイツのことを思い出したのは、この秀徳高校のバスケ部に入部して少し経ってからのことだった。監督と話をして、お前のわがままを聞くのは一日に三回までだ。と言われた時だった。でもその時はまだ、デジャヴのような感覚でこれが一体なにを示しているのかハッキリと思い出すことはできなかった。だけどそのあと、一日三回まで俺のわがままが許されるという話を聞いて言った大坪さんの言葉を聞いてそれがなんなのか、身震いするように思い出した。



「監督の言ったことなら仕方はないが、三回までだからな。四回は…ないぞ」



そうだ、あの女が書き残したと思われる落書き…!“三回までです。四回はありません”なんで今まで忘れていたんだ。と俺は不覚にも後悔をした。そのあとも女が言い残したことは未来の今となって再現されている。中でも一番驚いたのは、高尾のことだな。
あの日、俺はいつも通りにシュートを何本も何本も決めた。そしてそのたびにアイツは



『高尾にナイスシュート真ちゃん!って褒められるね』



などと高尾の名前や真ちゃんというあだ名で何か言う。ここまで正確に俺の未来を当てたアイツはおは朝よりも何か強い力を持っているのではないかと思っている。だから俺は今でもアイツを探している。





「…アツシ、アツシ?」

「わ、室ちん。どしたの?」

「自分髪の毛いじってどうしたの?」

「チョット、女の子思い出してただけ」



うん。思い出してただけ。会いたいとか、そんなこと思ってたわけじゃない。会えると思ってない。会えるわけがない。未来で待ってるなんて、適当なこと書いて俺たちの前から姿を消した一日限りの女の子。
そんな俺が髪をいじっていたのは、その女の子の特徴がとてもよく綺麗に伸びた真っ直ぐな黒い髪だったから。俺の髪は紫色で綺麗に真っ直ぐ伸びてるわけじゃないけど、あの子の髪の毛は一体どんな感じなんだろうと思いながらいじってた。そこに、室ちんが来た。



「アツシが女の子なんて珍しいね。どんな子なんだい?」

「んーとね…黒髪で真っ直ぐ綺麗に伸びてて…」

「うん」

「俺のことも室ちんのことも知ってた未来から来た子」

「未来?」



その当時はあり得ないってバカにしてた。だからあの黒板に書いてあることもあの子が実際言ってたことも全部全部嘘なんだって思ってた。だけど、今だって本気で未来から来たんだって信じてるわけじゃないけど、あの頃よりは少しだけ…
その子のことを思い出したのは、すれ違った知らない人が努力、といった単語を口にしたときだった。突然俺の脳裏に何か忘れてはいけないことを忘れているという通知が過った。モヤモヤして気持ちがわるかったから口に出して努力、と言った途端に思い出した。あの女の子が黒板に書き残した、"天才じゃなくてもできないことをできるまで努力するのは素晴らしいことです"といったメッセージを。凡人が努力なんてふざけたことを、とバカにしていた俺を知っていた。その頃から俺はあの不思議な女の子を頻繁に思い出すようになっていた。



「その頃の未来は、今のことなのかな?」

「どうだろうね。アツシの思う未来とその思女の子の思う未来は違うからね」



そうだ。それに…



『そんなにお菓子食べたら室ちんにアツシもうやめなさい、って怒られるよ?』



室ちんのことも当たり前のように知ってた。室ちんが俺のことをアツシって呼ぶことも知ってた。はじめて俺が室ちんのことを室ちんって呼んだときも室ちんがはじめて俺のことをアツシって呼んだときも、あの女の子が傍にいるような感覚に陥った。



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