褒美か罰か | ナノ


▽ あれは夢。ー彼女は何処へ?


「んぅ…て、あれ朝?」



珍しくもスッキリ目が覚めたので被っていた布団を剥ぐと、目の前に広がっていたのはあの体育館ではなくいつもとなんら変わりのない黒バスのマンガやさっきまで着ていたと思わせる自身の学校の制服、きれいに陳列された教科書の数々…がある私の部屋でした。
起きたての私はビックリするくらいリアルな夢を今の今まで見ていたので頭が混乱している。だけど少しちょっとだけ冷静に考えればあれは本当に夢以外の何物でもないわけで、私の頭はいつもの思考回路を取り戻した。





「行ってきまーす!」



あれから顔洗って朝ご飯食べて、今日の授業の支度して…ってやりくりしているうちに今日見た夢のことなんて忘れたかのように平然としていた。あんなにも会いたいと会いたいと思っていたキセキが夢に出てきたのに興奮の一つとしてないのは多分、起きた時のなんとも言えない驚愕の感覚が支配してるから。
…ただ、制服に腕を通した時だけはさっきまで本当に着ていたかのように着心地がいいと思った。

自転車に乗って駅へと向かう最中も夢のことを思い出したり、考えたりすることはなかった。

ただそれから一度だけ考えたときがあった。それは、授業中にボーと眺めていた黒板に何故か全神経が集中したとき。その感覚は本当になんとも言えず、黒板に書かれている文字を写すだけでなくノートの端の方に自然とペンを走らせていた。あのときのチョークを持つ感覚を思い出しながら。

…そう言えばあの黒板て、見たのかな?それとも見ずに消されたのかな?まあ、所詮ただの夢だから真相なんて分かるハズないのになあ。
でも本当に、さつきちゃんやキセキと話した時やバレーボールで一人遊んでいる感覚、ステージにすわっている感覚…どれもこれもが鮮明で少しだけ未だに夢だと思えていない自分がいるのも確かかもしれない。











――――――――――――――


―それからいくつか月日が過ぎたころから、本当に彼らは崩壊し始めた。
彼女は最後に言った。“壊れるのは仕方のないこと”って。
だけど私は、みんなが楽しくバスケをしていたころから見ていたからただ勝つための、そんな内容のないバスケをしているみんなを見ているのはツラかった。
彼女がまた現れてくれたらまたみんなを元に戻してくれるのかと思ったけど、最後の最後までまた現れてくれることはなかった。
それから、キセキの世代のバスケは完全に崩壊した。



「退部…届…?」



ある日、練習終わりにいつも通り職員室に今日の様子を届けにいった際に先生の机にみつけた“退部届”。
全中を三連覇したあと直ぐに辞めるなんて珍しい部員もいたもんだ、なんて簡単な考えでその退部した部員の名前を先生に聞いてみた。





「テツくんッ!!」

「…桃井さん」



あの退部した部員がテツくんだと分かった次の日に私はテツくんの姿を見かけて呼び止めた。声の主が私だと分かったテツくんは少し申し訳なさそうな、会いたくなかった人に会って少し気まずそうな顔をした。
それから私はテツくんを問いただした。



「なんで辞めちゃったの!」



はじめは何も言わなかった。ただ黙ってまっすぐ私の目を見て頑なに口を紡いでいただけだった。だけど痺れをきらした私が再び口を開いたときにテツくんは衝撃の言葉を口にした。



「…バスケが嫌いになったんです」



そんな、まさか。私は何も出てこない口をただパクパクとさせるだけで横を過ぎていくテツくんを再び追いかけることなんかできなかった。
バスケを嫌いになったという理由で、全中三連覇といった偉業を成し遂げたあとにテツくんはやめたのー…?だけどそんなこと、信じられるハズもなかった。
だって、みんながバスケを嫌いになるなんてありえないと思ったから。だって、だって…約束したじゃん。誓ったじゃん…
こぼれそうになる涙をぐっと堪えて、あの時の風景を思い出していた。





「…あれ、ねえみんな何か書いてあるよッ」

「誰かの落書きか?」

「でも俺たちのこと書いてあるみたいだぞ」



あれは、彼女が突然姿を消してから一週間ほど経ったころ。偶然見つけた体育館の黒板の落書きを見つけた時だった。
単なるいたずらなら気にも留めなかったんだけどそこに書いてるのはどれも意味深な内容で。みんなでその黒板を囲って読み始めた。30秒ほどの沈黙が訪れたあと、赤司くんの一声でみんな思い出したように顔色を変えた。



「…これ、月が書いたんじゃないのか」



たしかに、よくわからない内容ばかり書くのはあのとき突然現れた彼女しかいないと思った。それに黒板の一番下に書いてあった一文は最後に彼女が泣きそうになりながら言った言葉とよく似ている。





―またみんなが楽しそうにバスケしてる姿、見たいです。
壊れてしまっても、みんなをつないでいるのはバスケです。
そんなバスケを嫌いにならずに、本気で全力で戦ってください。
未来で、待ってます。―






「なんだよコレ、なんか俺たちがバラバラになる予告みたいじゃね?」

「かなり不気味な内容なのだよ。」

「それにあの人は、どうやら未来からきたみたいですね」

「なにそれありえるの〜?」

「それ以前に、俺たちがバスケを嫌いになるわけがない。」

「そうっスね!特に青峰っちなんかただのバスケバカっスもんね!」

「絶対バスケ嫌いにならないでね、みんな!」


「「「「「「おう!」」」」」」





「絶対って言ったじゃん…!」


あの時の約束がこんなにも簡単にこんなにも早くやってくるなんてもみなかった私は、絶望や失意を抱えきれないほど心に抱え込んで、フラフラとした足取りで未来で待っているであろう彼女の元まで歩みだした。

完全に壊れたキセキの世代はまた一つに繋がることはなく、そのままみんなお互いの選んだ高校へと進むことになった。
私は青峰くんを追いかけて同じバスケの強豪、東京にある桐皇学園に。きーちゃんは強豪、東京にある海常高校。ミドリンは強豪、神奈川にある秀徳高校。赤司くんは強豪、京都にある洛山高校。ムッくんは強豪、秋田にある陽泉高校に。
そしてテツくんは、無名の神奈川にある誠凛高校にー…。私はその時に完全に何かが崩れ落ちる音を聞いた。テツくんはバスケを嫌いになったまま完全にやめた。そう思ったから。



「またみんなでバスケやろうね」



そう声をかけることも出来ずに、私たちは帝光中から、帝光中バスケ部から卒業しバラバラになった。
“キセキの世代”として、“全中三連覇”という伝説を残しただけで。大好きだった楽しいバスケはそこには存在していなかった。

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