▽ 夢だから
「月、と言ったかな。君はいつまで、ここにいるつもりなんだ?俺たちは今から練習なんだが」
「あー…。取り敢えずここにいます!練習、邪魔しないんで見学しててもいいですか?」
主将である赤司様に許可をいただいたのでこのまま体育館に残り、練習を見学させてもらうことになった。夢にまで見た練習風景の見学…というか、まあ夢なんだけど。
キセキたちが部室に着替えにいっている間に、さつきちゃんはせっせと練習の準備を始めていた。それを見た私も何かした方がいいと思ってさつきちゃんに声をかけた。
「私も、何かお手伝いしますね」
「ありがとうございます。じゃあ…一緒にドリンク作りに行きましょう」
今回はどうやらキセキだけの練習みたいで、六人分のドリンクを持って水道へと向かう。隣にいるさつきちゃんは本当に可愛くて、胸も大きくて足長くてスタイルがいい。肌もすごく白くて綺麗で目も大きい。
まさに…理想の女の子だ。それに加えて一途って完璧じゃない?
触れてはいけないとは思ったけど、女の子二人きりなんだしガールズトークの一つや二つで盛り上がったっていいだろうと思ってあの話題を口に出した。
「さつきちゃんて、本当に黒子くんのこと好きですよね。」
「え、えぇっ!?な、な、なななんでそれを…!」
「すみません。ここまで知ってるなんて言ったら失礼だと思ったんですけど、二人の展開がじつに気になってたりしてまして…」
急にこの話になると思わなかったのかさつきちゃんは顔を真っ赤にしてかなりキョドっている。
…だって、こんなに可愛くてたくさん告白だってされてるのにあんなに黒子っちにゾッコンなさつきちゃんがこんなこといったらますますアレだけどなかなか報われなくてちょっと悲しいんだもん。
高校に入ったらくっついたりしてもいーのにさ?
「テツくんは私のことなんとも思ってないんじゃないかな…だから展開も何も、一定の距離を保ってる感じで」
「それじゃあさつきちゃん報われないじゃないですか!嫌です、こんなに一途で素敵な女の子が報われないなんて!私ゼッタイに嫌です!」
「月さん…?」
「私、さつきちゃんのことずっと応援してきたんですよ!こんなとこで諦めて欲しくなんかないです。ましてや、いくら鈍感な黒子くんでもさつきちゃんの積極的な姿勢に薄々気付いてるハズですよ!」
かなり熱弁して作り終えた六人分のドリンクを持って再び体育館に入る。
初めは顔を真っ赤にしてオドオドしてたさつきちゃんだけど、こうして話しているうちになんだかお互いの距離が縮まったみたいで今では優しく笑って聞いてくれている。
「頑張ります」って。
体育館には既に着替え終わったキセキがランニングやら体操やらを始めていた。そんな風景を夢だとはいえ見れてる私は、何度も言うけど本当に幸せ…
「速攻!…黄瀬、戻り遅いぞ!」
「すいませんっス!」
「テツ、だからどフリーで外すなっての!」
「すいません…」
「紫原と緑間がディフェンスに付くと前が見えなくなるな」
「ごめんね〜」
「少し今のパス遅かったのだよ」
「分かりました。」
本気になって楽しそうにバスケしてる姿、原作でもあんまり登場しないから見れて嬉しい…
高校だとみんなバラバラだし、グレたり腐ったりで色々複雑だからこんな純粋な笑顔でみんなでバスケしてる姿見たことないし…
バッシュのスキール音に、ネットをくぐる音、ドリブルをするたびに響くボールの音に、真剣に取り組むキセキの飛び交う声…
「なんか、泣きそう…」
「え?」
「純粋な気持ちでバスケしてるって感動しますね、なんか」
突然泣きそうになる私にまたまた驚いて開いた口が塞がらない様子のさつきちゃん。
そんなとき、赤司くんが絶好なタイミングで出したパスを受け取った緑間くんがセンターラインからの綺麗な3Pを決めた。そして私は思わず大きな声で口にしてしまった。
「征ちゃんナイスパス!真ちゃんナイスシュートッ!二人とも凄いです!」
ニッコニコ笑いながら二人に声をかけるとキセキ全員の視線がこちらに向いた。普段こうしてマンガの中で凄いプレーをみると思わず口に出してしまうのが私の癖で…
しかも、あだ名で言ってしまっているのでハッ、と思ったときにはおそかった。
呼ばれた本人である赤司くんと緑間くんは目を丸くして首を捻っていた。そんなみんなに私は苦笑いでその場をなんとかやり切った…
「よし。じゃあ今からミニゲームだ。桃井、ゼッケンを頼む」
「あ、じゃあちょっと月さんお願いします!私得点板とか出してくるんで」
「ハーイ」
さつきちゃんに頼まれたんなら仕方ない。私はステージに置いてあるゼッケンを取りに向かい、はた、と思った。
…中学時代の番号渡すのもいいけど、高校の番号で渡すのもアリだよね?ちょっと冒険心で渡しちゃおーっと!
カゴの中に入っていたゼッケンの番号を一つ一つ確認して配る。すると貰ったキセキはいつもと違う番号に少し不思議そうにそのゼッケンに腕を通した。
赤司くんは、4。紫原くんは、9。青峰くんは、5。緑間くんは、6。黄瀬くんは、7。黒子くんは、11…
「月さんて、俺たちの番号は知らないんスか?」
「知ってますよ。…ただ、今回は特別にこの番号です」
「とことん不思議だな、オメェ」
「そのうちこの番号の意味分かりますから。ね?」
得点板もそろったところで、3on3のミニゲームが始まった。
…私が渡した番号の意味が分かるようになるのは、気付くのはいつになりそうかな?そもそも、こんな日のこと覚えてるわけないか。これ、私が見てる夢だし。
「…と。お疲れ様です」
「お前、結局最後までいたな」
「本当に何なのだよ。ちょくちょく意味深なこと言っていたし」
「ゼッケンの番号もそうですしね」
「俺がお菓子好きなのも知ってた〜」
「本当に謎だらけっスよ、月さん」
「みんなのプレースタイルも私のことも全部知ってた…」
「ところで今日の練習は終わりなんだが。もちろん帰るだろう?」
「帰ります。色々とお世話になりました。本当に楽しかったです、ありがとうございました!」
そして練習を終え部室に向かったキセキの後ろ姿を見ながら、私は小さくつぶやいた。
「―あのキセキたちの笑顔が壊れていくなんて、考えたくない…」
「…壊れる?」
「聞こえちゃってましたか。」
嘘。本当は気付いてほしくて言ったようなものだもの。
さつきちゃんは本当に不思議そうな顔をしながら私の顔を覗き込んできた。そして私の今にも泣きそうな崩れかけてる顔を見てぎょっとした。
「壊れてくのは仕方のないことだと思うけど、みんなを繋いでいるのはバスケしかないから。それを、簡単に奪ったりされちゃダメだよ…」
「月さん、本当に不思議な方ですね。それじゃあ私職員室に行ってるんで…よかったら一緒に帰りますか?それなら、少しの間だけ待っていてください」
今日の練習過程などを書き込んだであろうノートやバインダーを抱えて体育館を後にするさつきちゃんの言葉に私はなにも言わずにうなずいた。それからさっき見つけたある場所に向かって、消えた。
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