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 私の中のあなた

同タイトルのパロで死ネタです。








「ごめん臨也、ごめんね。」

そう言って泣いた六臂に、俺はきっと心から笑えたと思う。



俺が病気にかかったのは、5歳のときだった。最初は熱が出て、身体が怠くなって、それから見たことない量の血を吐いた。あの時のことはよく覚えていない。昔のことだし、それに同じことが何度もあったからどれが最初かなんて分からない。
死んだと思ったことも、死にたいと思ったこともたくさんあった。でも死んでない。でももうすぐ死ぬ。こんなにも穏やかになれるんだと、真っ白な部屋で俺はいつも笑っていた。
「サイケ、最近どうしてるの?」
「元気だよ。この前、小論文で賞を獲ったんだって。臨也に褒めて欲しいって、言ってた。」
「俺に? 最後に来たとき二度と会いたくないって言ってなかったっけ。」
「……あんなの嘘だよ、分かってるだろ。」
「……そうか、そうだよね。……うそ、か…」
サイケは六臂の双子の兄で、俺の弟。俺と六臂とサイケはみんな同じ顔をしてるけど、サイケは三人の中でいちばん可愛い奴だった。昔から甘え上手で笑顔が愛らしくて、サイケにねだられると俺はなんでもいいよって言ってあげた。六臂とサイケが喧嘩して怒られたときは、なんでかいつも俺が両親に謝ってた。
仲の良い兄弟だったと思う。
俺はサイケを愛してた。六臂と同じように。可愛い弟たちを愛してた。
サイケは今、遠くの学校にいる。
サイケは病気だった。俺とは違って死なないけど、きっととてもつらい病気。
俺が10歳、サイケと六臂が6歳のとき。サイケは失語症、言葉をうまく話せなくなる病気だった。その頃俺は新しい治療を始めていて、状態がなかなか安定しない俺に両親はかかりきりだった。サイケの病気に気付いたのは1年生が終わる頃、サイケが泣きながら俺に言ったときだった。
「サイケは、バカなの」
みんなができることができないの
だからお友達ができないの
サイケは、ずっと悩んでた。
六臂も一緒に悩んでた。
二人がつらいときに、俺は両親を独占してしまっていた。
サイケは遠くの、言葉の治療を受けることが出来る学校にひとりで通うことになった。
結果サイケは恋をして、今は自分の意思で家族から離れた場所でしあわせに暮らしているけれど、6歳の彼にはどれだけ不安だっただろう。心細かっただろう。俺が居なかったら、きっと家族で彼を支えていたはずだ。
なんてひどいお兄ちゃんなんだろうって、本当はずっと思ってた。
一年前、サイケはここに来た。
俺が呼び出して、サイケが来てくれた。
会いたかったと泣きながら笑ってくれた。
好きな人の話をしてくれた。
これからのことを、楽しそうに話してくれた。
面会時間の終わる5分前、俺は初めてサイケにおねだりをした。
サイケの顔がひどく強張って、それから少し話して、サイケは首を振って、俺は引かなくて、そしたら最後、看護師さんに肩を叩かれたサイケが「もう臨也くんになんか会いたくない」と。
六臂は分かってるだろって言ったけど、俺には分かってなかった。
サイケに嫌われたと、思ってた。
「サイケに、また会いたいって伝えてくれる?」
「そんなこと言ったらアイツ、今すぐにでも飛んでくるよ?」
「いいじゃない、だって俺がはやく会いたいんだよ?」
「ほら、いま出たって」
「アハ、今出たなら今日中にはあえるね。」
よかった。
とても、とても大きな心残りになってしまうところだった。
数時間後、サイケと六臂が二人で面会に来てくれた。両親も来てくれたけれど、今だけは3人にしてほしいと言ったら許してくれた。サイケはまた泣いてて、でも笑ってくれた。毎日ずっと会いたかったと言ってくれた。俺もと額にキスする俺にヤキモチを妬いたのか、六臂が俺は毎日会ってたよとサイケを煽って、病室なのに二人で口喧嘩を始め出した。いつもの光景が、愛しくて惜しくなる。
二人を呼んで、額と頬にキスを落とす。わがままを聞いてくれてありがとうと言うと、二人はボロボロ涙を溢して、二人で俺を抱きしめてくれた。
本当に、こんなにしあわせな人生はないと思った。
生まれ変わっても同じように俺になりたい。六臂とサイケの兄として、愛して愛されたい。
でも出来るなら、今度はいっしょにサッカーを、野球を、追いかけっ子を。普通の兄弟がするようなことをしてみたいと、そう思って眠ったら、子どもの頃の夢をみた。
雲ひとつない青い空の下で、サイケと六臂が走り回ってる。
俺の名前を呼んで、小さな手を差し出してくれた。
俺はその手をとって、3人で笑いながらたくさんの遊びをした。いくら遊んでも、飽きることはなかった。

この夢は、これからも続いていく。

サイケと六臂が、俺の愛する弟たちが俺を忘れるその日まで、きっと永遠に。



2015/05/22









その昔、俺たちは臨也のために産まれた。

普通の子どもたちは偶然の奇跡でお母さんのお腹に宿るけど、俺たちは人工の奇跡で試験管に作られた。
俺は六臂、兄はサイケ。
サイケと臨也は少し違うけど、俺は臨也と全部一緒だとお医者さんは言ってた。
本当に臨也と一緒か調べるために数えきれない検査をしたし、臨也に足りないものをあげるために色んなところに太い針を刺した。
副作用で入院したこともたくさんあった。
でも、入院は嫌いじゃなかった。入院してる間は、一日中臨也の隣のベッドで過ごせたから。

だから本当は、俺は頷きたくなかったんだよ。



「サイケと六臂におねだりしてもいい?」

1年前、面会時間があと5分の放送を聞いて臨也が言った。俺たちは「もちろん」と声を揃えた。
ありがとうと微笑んで「俺を自由にしてほしいんだ」と言う臨也にサイケは「誘拐すればいいんだね!」と跳び跳ねて、俺は自分とサイケの貯金を真剣に思い出した。
それもいいんだけど、とクスクス笑った臨也が次に続けた言葉に、俺たちは息の仕方を忘れた。
俺がまだ動けない間にサイケは臨也になにかを言って、喚いて、でも臨也は同じ顔で首を振るだけだった。看護師さんが俺たちの背中を軽く叩いて、サイケは怒鳴って走っていった。サイケは泣いてた。泣いてたから、追いかけた。後ろから臨也が「ごめんね」と謝る声が聴こえた。
臨也のおねだりは、もしも将来必要になったとき俺に臓器提供を断ってほしいってことだった。一晩考えて、考えてる間にサイケは泣きながら青森に帰ってしまった。サイケは絶対に嫌だって言ってた。俺に絶対に断れって言ってた。でもサイケと臨也なら、俺は臨也の味方することくらいサイケも分かってるはずだと思った。
「臨也、俺考えたんだけど」
次の日一人でお見舞いに行くと、臨也は一瞬だけサイケを探してすぐにいつもの笑顔に戻った。
「俺が断ったら、臨也は死ぬんだよね。」
「うん、そうなるだろうね。」
「俺に、臨也を殺せってこと?」
「うん、そうかもしれない。」
臨也はいつもと変わらない。
俺のお兄ちゃんの、優しい臨也だ。
臨也はいつも正しい。間違ったことなんてしない。間違ったことなんてさせない。
「俺が臨也を殺したら、臨也は自由になれる?」
「うん、しかも幸せになれる。」
「……臨也を殺したら、俺は不幸になるよ?」
俯いて言うと、臨也が俺の手に手を重ねた。六臂は、と名前を呼んで、臨也が俺の目を見つめる。
「自分の不幸と俺のしあわせ、どっちが大事?」
そんな言い方、ずるいと思った。



自分の身体を守るためと銘打った裁判に俺は勝利した。白いスーツを着た優しい弁護士さんは、これであなたは自由ですよと頭を撫でてくれた。
臨也は自由になれたかなと呟いたら、弁護士さんが空を見上げて瞳を閉じた。
同じように見上げて、俺も目を瞑った。

臨也の声が聴こえそうな、雲ひとつない青い空だった。




end




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