short | ナノ

 ある魔女の話

魔女の定義とは。
・使い魔を使役する
・サミットに参加する
・悪魔と情事を交わす
・空を飛ぶ
・悪魔と契約し、災厄をもたらす



「ただいま六臂、今日は少し疲れたよ。」
「…………」
「もう六臂、ただいまにはおかえりだろ? 挨拶が出来ない子にはごはんあげないよ?」
「……みゃー…」
「よし、よくできました。」
窓ガラスに黒い猫を撫でる臨也が映る。
ガラスを介しても臨也は可愛くて愛しいけれど、撫でられている自分は低俗な飼い猫以外の何物にも見えなくて気分が悪くなる。
「……そんなことをしていたら諮問機関に密告されるわよ。」
「そしたら共犯者に波江さんを挙げて道連れにしよう。」
「そうなる前に始末をつけておいた方がいいって忠告かしら? 待っていなさい、もうすぐスープが出来上がるわ。」
「え、このタイミングで?」
右の口角を吊り上げて、臨也が俺から手を離す。これだから波江さんは嫌いだ。いつも俺から臨也を盗っていく。
「あなたも気を付けなさいよ、使い魔に火炙りの温情なんてないんだから。」
そう始めて、使い魔である俺が捕まれば如何に残虐な処刑が執行されるか事細かに連ね始める波江さんに端正な臨也の顔が歪む。毒が仕込めないからって、そういう陰湿なイジメはやめてあげてほしい。



「いらっしゃいシズちゃん、食事にする? お風呂にする? それとも」
「……いざや」
「……うん、よしよし。泣かないで、大丈夫だよ。」
「…………」
「ごめんね六臂、いい子でおやすみ。」
真っ暗。太陽が落ちて、家の灯りを落として、ベッドで休む臨也に見慣れた客人が訪れた。
俺に笑いかけた臨也は、客人を連れて窓のない部屋に入る。客人は人間で、男で、恐らく兵士かなにか戦う必要のある仕事をしている。金色の髪に黒く血がこびりついた日は、大抵言葉なく泣いている。シズちゃんと呼ばれる彼も臨也を奪うけど、彼のことは嫌いだと思わなかった。彼のために食事や浴室の準備をする臨也は、幸せに見えるからだと思う。用意した食事が翌朝臨也の朝食になることがあっても、たとえそれが殆ど毎日のことだったとしても、臨也が幸せなら俺も幸せだ。シズちゃんのことだって好きになる。
「みゃあ」
臨也のいないベッドは広くて少し寂しいけど、我慢は俺、苦手じゃないんだ。



「おはよう六臂、よく眠れた?」
「……悪かったな六臂、もう返す。」
「みゃー」
日が昇って、眩しさに瞳を開くと臨也とシズちゃんが俺を撫でる。シズちゃんの涙と血が消えて、代わりに臨也の目許が赤くなっていた。うん、おはよう臨也。
シズちゃんが帰った後、臨也は唄を歌う。思わず背中が伸びる。咽が鳴る。歌いながら家事をする臨也は、魔女というよりプリンセスだ。
お昼になったら波江さんがやって来て、代わりに臨也と俺は短いお出掛けをする。
バスケットに本と薬と、それから星の形の砂糖菓子。黒いローブに、三角帽子は噂に上る魔女そのものだ。臨也は女性ではないのだけれど、彼を魔女と崇めたがる人間の気持ちはよく分かる。
今日も人間たちは臨也に学び、授かり、涙を流す。これで愛する人が生きていけるとひざまづく人間に向ける臨也の瞳はどこまでも慈愛に充ちていた。
どうして臨也は人間を愛せるの?
波江さんは嫌われものだからよと言っていたけど、臨也を嫌いな人間なんて見たことがない。



「……波江さん、遅いね。」
臨也が呟いたのは、西の空が虹色に染まる頃だった。気付いちゃったか。いいじゃないか波江さんが一日や二日、臨也が忘れるまで居なくなっても。シズちゃんと人間が居たら臨也は幸せなんだからさ。
猫の声は臨也に届かず、臨也の意識は街を向いて動かない。
「六臂、分かってるね。波江さんの言うことをちゃんと聞いて、俺がいなくてもちゃんと眠るんだよ。そうしたら、夢の中で会えるから。」
日が沈む頃、臨也がサミット用の黒装束を身につけて俺の頭を撫でた。
シズちゃんにも伝えてと臨也は言ったけど、猫の声は人間には届かない。
みゃあと気持ちの悪い音を出す。行かないで、お願いだよ臨也、おねがい。
臨也が目を細めて、踵を返す。俺は追いかけようとして、見えない壁にぶつかった。
ドアが閉まって臨也が行ってしまう。ひどい、ひどいよ。



「これだから俺は波江さんが嫌いなんだ。」
「あらそう、私も別に好きじゃないわよ。特に嫌いでもないけど。」
臨也が出ていったドアから現れたのは、涼しい顔をした波江さんだった。
波江さんが大人しく処刑されていればよかったんだ。なんで臨也が、なんの罪もない臨也が。
「罪がないことはないでしょう、アイツが起こした戦争で貧困に喘いでる人間がいるんだから。」
「それだってシズちゃんを英雄にするためなんだから、臨也はひとつも悪くないよ。悪いのはシズちゃんを化け物扱いした人間達だ。」
声にしていない言葉まで読み取って、頼んでもない返事を寄越す。波江さんはどうしてこうも嫌な女なんだろう。臨也の美しさに嫉妬してるんじゃないか。そうだろうね、波江さんが臨也に優るのなんて無駄に生きた長い年月くらいだ。
「煽っているつもりなら、乗ってあげないこともないけど」
瞳孔を細める俺を見下ろして、波江さんが瞳の色を変えていく。ありがとう、波江さん。これだから俺、本当は波江さんのこと大好きなんだよ。
どうせ知ってただろうけど。



「シズちゃん、なんで?」
「なんでって、こっちの台詞だろうがバカ野郎……! 大人しく捕まってんなバカ!!」
「でも、俺が逃げたら蘭くんが」
「俺を連れてきたのがそのランクンだよ! つうか、拷問されてた相手の心配してんじゃねぇよ、なんだその爪…」
「マニキュアみたいなものだよこんなの。蘭くんじゃなかったら指がなくなってたんだよ、ねぇ蘭くんはちゃんとどこかに」
「あーあー! 当てはあるっつってたからこれ以上あの男の名前出すな腹立つ!! やっぱ殴っときゃよかったな畜生」
「君、恋人の命の恩人になんてことを」
 じゃらんと鎖が落ちる音がして、シズちゃんが臨也を抱き抱えた。
 近く戦争がなかったせいか、それとも臨也に会えないストレスが人を傷付ける罪悪感を上回ったのか。魔女の家を訪れるときとは別人みたいだ。シズちゃんが格好よく見える。
「ねぇ、六臂は? 逃げるなら六臂迎えに行かなきゃ」
「六臂はいねぇよ。波江さんが六臂に会いたきゃ寝ろっつってた。」
「……気に入ってくれたんだ波江さん…」
ちょっと嬉しそうな臨也めちゃくちゃ可愛い。それはもう、死んでもいいくらい。





折原臨也

幾人もの人間を誑かし、世界に災厄をもたらした魔女は数日後、温情の火炙りで以て処刑されることになる。罪を浄める火は燃え続け、灰が風に融けて消えるまで緩むことはなかった。
彼を信仰した哀れな被害者たちはいつしか平和な日常に帰り、彼の存在は遠い昔の物語になっていく。

灰の融けた風から猫の鳴き声が聴こえたと、不思議な逸話を遺して。




End

2015/05/13



prevnext

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -