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 トゥインクル2




 そして現在に至る。連絡先を交換したあと、シズちゃんから変なことを指示された。それを遂行するために携帯電話を手にとって、登録されたばかりの番号に発信する。
「もしもし、シズちゃん?」
『…………』
「シズちゃん、もしもし…?あれ、もしもし…?」

『……っ、悪い、聞こえてる』
「よかった。今から寝ようと思って、電話した…。」
『おう、俺も寝る、あー…おやすみ』
「………おやすみ」

「………へんなの。」
 無機質な電子音が通話の終了を告げた携帯電話を枕元に放り投げる。シズちゃんはどうしたんだろう。答えは俺には導き出せそうにない。

「…もしもし、いま起きたから、電話…」
『…………おう、はよ。』
「うん、おはよう…シズちゃん」

『ちゃんと寝れたか?』
「………うん、いつもよりよく寝たよ。」
『よかったな。あ、そうだ臨也、今晩暇か?』

「たぶん、ひま」
『うち、来いよ』
「え、なんで?」
『…いっしょに飯食おうぜ、作るから』
「…………」
 不思議なことばかりだ。シズちゃんは本当に不思議だ。俺といて苦痛じゃないのか。わざわざ電話させたり家に呼んだり、これじゃあまるで寂しがりな人間の恋人ごっこだ。それともシズちゃんは恋人ごっこをするつもりなのだろうか。まさかそんなことあるはずが。

「……お邪魔します。」
「……おう」
 スリッパは出してくれなかったけど、スリッパなんていらないくらいせまい部屋だったから特に問題はない。適当に座れと言われたので猫の形をした可愛いクッションに腰を下ろした。
 本当に、せまい部屋。
「腹空かしてきたか?」
「一応、お昼ごはんからは何も食べてないよ。」
「…いいこだ。ちょっと待ってろ」
「…………」
 ………撫でられてしまった。黒い猫のイラストがかかれたグラスがテーブルの上に置かれている。シズちゃんはどうも猫が好きらしい。いっしょだね。とか言ったら怒るのかな。
「お待たせ」
「…………」
 かたん、と置かれたのは美味しそうなカルボナーラとサラダ。シズちゃんこんなの作れるんだ、意外…。
 ぱちぱちまばたきをして料理を見ているとはやく食べろと促される。そうか、俺が食べるのか。シズちゃんの手料理を食べる日がくるとは……
 いただきますと手を合わせてフォークに巻き付ける。少なめにとってぱくんと口にすると、悪くない。美味しい。うん。
 食べ進めて、ちょうど満足したところでお皿が空になった。
 ごちそうさま、と手を合わせるとおうと頷いてシズちゃんが片付けてくれる。お客さんみたいな扱いをしてくれるんだなと思いながら食器を洗う後ろ姿を眺める。
「……シズちゃん、」
「ん?」
「ごはん食べたから、帰るね。」
「は?」
 コートを羽織って声をかけるとシズちゃんが驚いたように勢いよく振り向く。
「…いてもすることないし…」
「っ、りんご、食器洗い終わったらりんご剥くから、それまで、待ってろ」
「あ、そうなの?わかった。」
 それは失礼なことをした。コートを脱いでまたハンガーにかけさせてもらう。クッションに腰かけて、またぼんやりとシズちゃんの背中を見つめる。りんご剥くのなら俺も負けないよと台所に立とうかとも思ったけど、相手はあいつじゃなくてシズちゃんだと思い出してやめた。
 ウサギさんに切ってくれたりんごを食べて、シズちゃんが困ったような顔をしていることに気づく。
「シズちゃん、はい」
「えっ?」
「あーん。」
「っ…えっ……!」
「?」
 客人扱いらしい俺に気を使って食べれないのかと思って可愛いウサギさんをひとつシズちゃんの唇に押し付けると、シズちゃんの顔が瞬く間に真っ赤になった。
「ごめん、自分で食べれるよね。」
 怒らせてしまったらしい。謝罪といっしょに手を引いてそのまま自分の口にいれる。と沸騰したように真っ赤なシズちゃんがあわあわなにか言いたげに狼狽えるのでもう一度ごめんとごちそうさまでしたを言ってまたコートを羽織った。今度は引き留められなかったのでそのままお邪魔しましたと会釈して部屋を出た。


「もしもし、シズちゃん」
『っ、お、おう』
「今日はごちそうさま。お風呂入って、いまベッドだから」
『………おう。あ、見送り、出来なくて悪かった』
「いいよ別に。じゃあ俺寝るから」
『あっ、あした!』
「明日?」
『また、来いよ、飯…』
「え?」
『……だめ、か…?』
「明日は、用事が…あって…」
『………』
「………ごめんね…?」
『いや、いい。またいつでも、待ってるからな。』
「うん、ありがとう。…おやすみ」
『おう、おやすみ』

「………」
 一度ならず二度までも、誘われてしまった。
 孤食を嘆いていたのだろうか、その気持ちはわからないでもない。………。
 いつでも、なら、週末は何も用事がない。行った方がいいのかな…。付き合ってと言い出したからには、自分だって恋人らしく振る舞う、べきなんだろう。きっと。
 自分から週末は空いてると伝えようとして言えなくて数日、俺の恋人であるシズちゃんは今日も聞いてくれた。
「……明日は、大丈夫、
行くね」
『おう、待ってる』
「うん…」
 久しぶりの返事に、緊張しながら答える。待ってる、だって。会うたびに消えろ失せろ二度と顔を見せるなと、拒絶しかしなかったシズちゃんが待ってる、だって。
 俺にそんなことを言うの、あいつだけだったのにさ。一番に俺を嫌いだった君がそんなことを言うなんて、不思議。

 前回はただただもてなされてしまったので、お土産くらいは持っていこうとお取り寄せしたマカロンの一箱を開けて波江さんとティータイムを楽しんでいるとシズちゃんから電話があった。また晩ごはんだけのつもりだったけど、電話の向こうでシズちゃんがはやくおいでって言ってる気がしたから今から行くなんて答えてしまった。波江さんに睨まれて苦笑すると、電話からまた待ってるって呟くシズちゃんの声が聞こえてきて顔が熱くなる。
 波江さん、そんな顔しないでよ…。

「いただきます。」
「ん。」
 しっかりと手を合わせて言うと、とたんにシズちゃんがそわそわし始める。
 『おいしいよ』って心の中では言えても、口に出すのは難しい。シズちゃんが求めている言葉じゃなくて、落ち込ませてしまうのはなんだか悪い気がした。
 結局無言で完食して、ごちそうさまとスプーンを置いてシズちゃんに目を向ける。小さく頷いて食器を片付けるシズちゃんに続いて立ち上がる。ごちそうになっておいて、片付けも手伝わないなんて恋人としてよくない気がする。…恋人、なんだから。
 シズちゃんが手際よく食器を洗うのをしばらく見つめて、息を飲んで覚悟を決める。
「………後片付け、くらい俺、するけど」
「え?」
「シズちゃんのやり方、教えてくれたら」
 言った……!これだけの言葉に、なにを緊張してたんだ俺は。心臓をばくばくさせながらとなりに並ぶと、驚いた顔をしながらシズちゃんが詰めてくれた。そんなにびっくりされると、なんだか困ってしまう。
「っ、つめたっ!」
「あっ」
「…………」
 油断して触った水のあまりの冷たさに跳ねるとシズちゃんもびくりと跳ねた。
 慌てたようにすぐシズちゃんがスイッチを押して、冷たい水が徐々にお湯に変わっていく。そんなに、慌てなくても、水くらい、見上げると心配そうな顔で自分を見てたシズちゃんと視線が交わる。
「いつも水で洗ってるなら、水でいいよ。」
 すぐに慣れるし、と付け加えると、我慢してたんだなんて可愛い答えが返ってきて思わず笑ってしまう。
「シズちゃんにも冷たいなんて感覚あったんだね。」
「…ぶっ殺すぞ、テメェ」
「ふふ、シズちゃんこわいなぁ。殺すなんて物騒だよ」
「うっせえ、こわいなんて思ったことねぇくせに」
「えー?そんなことないよ、俺って恐がりなんだ。」
「…それは知ってる」
「…………」
 カチャカチャ食器を洗う音と、お湯の流れる音。それがどうしてこんなに穏やかに感じるんだろう。
 君が俺の何を知ってるつもりなの?と、俺は嫌みに返すはずなのに、そうなんだ、知ってるんだよねって頷いてしまいそうになった。
 だってシズちゃんはなんでも知ってる。そのことを、いままで俺は知らなかっただけで。
 まるであいつみたいに、俺が欲しい言葉を、行為を、どうして君はくれるんだろう。
「……ねえ、シズちゃん」
「ん?」
「シズちゃんの恋人って、思ってたより快適だね」
「…………」
 手を止めて、緩くシズちゃんの肩に頭をのせる。恋人だからと言って、色んな制約を課せられるのかと思っていた。それくらいしか、俺と恋人になるメリットなんてないと思っていたから。あいつに当て付けるためならそれくらい耐える気でいた。なのにシズちゃんは優しいばっかりで、あいつの、新羅のことなんて思い出す余裕がなくなった。
 自分の意識が新羅に向いていないことがどれだけ稀有なことか。自分がいちばんわかっている。
 一生、俺が死ぬまで、新羅への執着を捨てることは出来ないと思っていた。あいつにとって俺なんて好きな人に尽くすためだけの薄っぺらい友人でしかないと知っていても。
「………ここに置いておけばいいの?拭く?」
 ぽつぽつ、電話が嬉しいとか、ごはんがおいしいとか、恥ずかしいことを言ってしまった気がする。いや、言った…。
 勝手に乾くからと言うシズちゃんの横着に甘えてタオルで手を拭いて冷蔵庫の隣に置いたマカロンの箱を手に取る。
「紅茶、お願いね」
「……おう」
 照れ隠しに笑って、逃げるように部屋に戻る。あああ、どうしちゃったんだろう俺。これじゃあ、まるで、まるで。
「?シズちゃん、どうしたの」
 突然しゃがみこんだシズちゃんに声を掛けると、大丈夫だと手を振られた。シズちゃんの背中を見るのが嫌いじゃない、…落ち着く。新羅ならきっとこっちを向いて笑うんだろうけど、笑わなくても話さなくてもシズちゃんの背中の空気が好き……好き…ってなんだよ。まるで、ほんとに恋人、みたい。
 沸々、ポットのお湯が沸き立つのにつられて、血が沸騰するような感覚に陥る。
「待たせたな」
「………」
 机に置かれた、黒い猫の描かれたマグカップ。ねぇシズちゃん、知ってたの、もしかして。
 俺が猫を好きなこと。
「……どれにする?」
「…お前が好きなのの、あまりがいい」
「…………これと、これと…これ、好き」
「おう。ちょうど半分だな」
「……うん。」
 そんな嬉しそうな顔、しないでよ。今度は君のことしか、シズちゃんしか見えなくなってしまいそうで、どうしたらいいかわからなくなるんだ。

 きらきら、この目が君を追う。

 おいしいと笑う優しい顔を、もっとみたくてドキドキする。

 ねぇ新羅、お前が言ってたのとよく似ている甘いような苦しいようなとろけてしまいそうな幸福感

(これが、恋なの?)



end

メルヘンなシチュエーションなのね



2012/2/15

前半と後半、受けと攻めの温度差に定評のあるわたしです。




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