short | ナノ

 シズちゃんにフラレた臨也さんと臨也さんが大好きなモブたちと頑張るシズちゃんのしあわせな一日


 シズちゃんは浮気性だ。
 あんなのを好きになった人間は可哀想だと思う。
 どれだけ想っても、報われない。応えようとはしてくれない。
「……違うか。」
 人間は可哀想なんかじゃない。
 シズちゃんは誠実だ。
 想えば想った分だけ、愛情で応えてもらえる人間は幸せだと思う。
 俺はただ、彼の中で人間じゃないんだった。別に観たかったわけじゃない、CMを見て目を輝かせてたから、喜んでくれるかと思ったんだ。
 なにも『ありがとう』なんて言ってほしかったわけじゃない、ほんのすこし目を細めてくれればそれで充分だったんだ。
見下ろせばバラバラに千切れた映画の前売り券。
 片付けとかないと波江の機嫌が悪くなりそうだけど、まぁもういいや。経緯を話して、また呆れさせてやることにしよう。


「テメェ、俺と別れてぇのか」
「え?」
「髪の長い、秘書の女に『別れてやれ』っつわれたんだけど。どういう意味だよアレ」
 昨日の今日、おかしいと思ったんだ。俺がヒステリーを起こしたとき、いつもなら短くても一週間は会いに来ない。面倒だと思うのか、ただ単に会いたくないだけなのかはしらないけど、その間に俺が落ち着いて素知らぬ顔でまた抱きに来るのが俺達のスタンダードだった。
 もう観たからとあっさり断られた映画のチケットを俺が引きちぎって喚き散らした翌日にしれっと会いに来るなんて、やっぱり裏がないはずがなかったんだ。
 少しは悪いと思ってくれたのかななんて、なんで期待しちゃったかな俺は。
「別に、君に言ってくれって頼んだわけじゃないんだけどね。」
「だから、それがどういう意味だっつってんだよ。あの女が勝手に言ってんのか、それとも」
「…………」
 俺が言わせたのか、ってことか。
 じっと見下ろされて、玄関先でするような話じゃないなと小さくため息をつく。それをどう捉えたのか、シズちゃんの拳が震えた。
「波江さんは自分で面倒事に首を突っ込むタイプじゃないよ。」
「だからなんだっつってんだよ、はっきり言え。」
「俺が君と別れたい別れたいって言いながら別れようとしないから、見かねて伝えてくれたんじゃないかな。彼女は俺の話が嫌いだから。」
 きっと、我慢の限界だったんだろうね。
 一人で納得してる俺を、シズちゃんは変わらず見下ろしている。震えた拳が、今度は握られて、ほどけた。
「テメェは、俺と付き合ってるつもりだったんだよな。」
「……それは、どういう意味?」
「俺は、テメェが恋人だと思って付き合ってきた。テメェはどうなんだっつってんだよ。」
「ッ、……つ、きあって
つもりだから、別れたいって言ったんだよ…」
「……そうかよ。」
「…………」
 凪いだ風のようだった。
 穏やかで、優しくて、自分の知ってるシズちゃんの声じゃないと思った。
 ぱち、ぱち、と一瞬のはずのまばたきがスローモーションに感じる。
 なんで欲しいものは、手に入らないようにできてるんだろう。
「テメェが別れてぇなら、止めれねぇよ俺は。」
「…………」
 ぽん、とシズちゃんの手が、大きな手が頭を撫でる。なんて、なんてひどい奴だ。
「止めれないって、なに」
「どっちかが我慢して続けるもんじゃねぇだろ。」
「……格好いいね、シズちゃんって…」
 撫でられた頭を両手で押さえて呟く俺に、シズちゃんが困ったように笑った。そんな顔するくらいなら引き留めてよ。恨みがましく見つめた視線の意味をどう受け取ったのか、シズちゃんはもう一度頭を撫でて踵を返す。
 悪かったと聞きたくもない謝罪を残して消える背中を見送って、久し振りに声を上げて泣いた。



「ねぇ君、遊びませんか?」
「えっあっはい喜んで!」
「…………」
 シズちゃんと別れることになった。綺麗な別れだったとは思う。だからと言って、美しい思い出にはならなかった。むしろ最悪だ。こんなことなら本当に浮気でもしてボロボロにしてから捨ててくれた方がよっぽど救われたように思う。最後の最後でとびっきり優しく誠実になるなんて、考えれば考えるほどやっぱり最高に嫌な奴だ。
「……あのさ、君誰かと待ち合わせしてるんじゃないの?」
「えっなんで分かるんすか?」
「こんな待ち合わせの名所みたいな場所に一人でいて携帯触ってたら大体はそうだろうと思うよ。なに二つ返事で了承してるんだよ相手の子が傷つくよ?」
「それは大丈夫っすよ、こんな綺麗な人に声掛けられたら絶対アイツも同じ反応するんで。あっでも断りの連絡だけ入れていいっすか、ダメならいいんすけど」
「……なんならその子も一緒に遊ぶ?俺はいいよ、二人でも。」
「えっ嫌です俺が独占したいです。」
「……いや、俺は別にどっちでもいいんだけどさ…」
「げっ」
「えっ?」
「来やがったクソ…」
「…………」
 そんな心底鬱陶しそうな顔しなくても……。俺の後ろに視線をやって、男の子が頭を抱える。自棄のつもりで一番頭の悪そうな子に声をかけたけど、もう少し俺に分かる言葉を使ってくれる子を選べばよかったかもしれない。
 かといって声をかけてしまったものを訂正できる雰囲気でもない。男の子が頭を抱える友人らしきまた頭の弱そうな男の子に体を向けてさして精巧でもない作り笑いを投げ掛けてみる。
「……! っ、いたッ」
「えっ」
「大丈夫っすよ、お兄さんに笑顔向けられたら誰でもああなりますって。俺も腰抜けっぱなしです、ほんとはちゃんと立って挨拶したいのに!」
「き、君たちだけだよ!人を兵器みたいに言わないで!」
「えっな、なんでアイツとしゃべってんですか、アイツ、アイツにこんな綺麗な知り合い居るわけねぇ……!」
「類は友をとは本当によく言ったものだよね……ほら、立って。今日の君達は俺と遊ぶんだよ。」
「えっえっ? お兄さん遊んでくれるんすか! えっじゃあアイツ置いていきましょ! 二人で遊びましょ!!」
「……君逹ねぇ…」
 差し出した手を取るより前に言うことがそれってどうなのかなぁ。
 


「おにーさん、一緒に飲んでもいいですか?」
「え……?」
 あれは場所が悪かった。年下だったし、あと友達が居たのもよくなかった。遊ぶことは出来ても口説くのには向かない。
 健在な関係になる気なんてさらさらないんだから、最初からこうするべきだったんだ。
 戸惑うスーツの男に肩を寄せて、上目遣いで瞳を揺らしてみる。これを計算でやって許される程度の容姿だ。一度道を踏み外すくらいと箍を外してくれればいい。
「……構いませんよ、俺でよければ。」
 目を細めて腰に腕を回す馴れた所作に、にこりと笑顔を作る。これは期待してよさそうかな。
 グラスを合わせて凭れかかる。髪をすいて意味のない雑談を口にするのを、俺が聞いていないことくらい分かってるだろう。
 最後に頭を撫でてくれたシズちゃんの手は、泣きたくなるくらい優しかった。あのシズちゃんは、俺が泣いて本当は別れたくないと言えば抱き締めてくれたんだろうか。
 最後だから、怨まれないように優しくしてくれただけなのかな。
 なら、そうか。もう戻ることも出来ないのか。
「名前は、聞いてもいいのかな?」
「聞かないでほしいっていったら、聞かないでくれる?」
「もちろん。望まれる以外のことはしないよ。一晩ただ飲み明かしてもいい。」
「……俺、上に部屋とってあるんだけど」

 一緒に、寝てくれる?

 シズちゃんにも、言ったことないや。
 いやに口が渇いて残りのワインを飲み干す。
「俺でいいなら、喜んで。」
 最初に声を掛けたときと同じ顔で男が笑う。適当に引っ掛けた人間は、思いの外当たりだったみたいだ。このまま優しく甘やかして、思いきり後悔させてくれるといい。



「……期待外れだよ。」
「ごめんね、嫌がる顔を見たくなかったから。」
 望まれたことはしてあげたかったんだけど。と前髪にキスする男の目はどこまでも優しい。腹がたつ。不愉快だ。
 ほっとしてる自分がいる。くやしい。
「所詮、我慢がきく程度の魅力しかなかったんだね俺は。」
「出来ない我慢をさせるだけの魅力があったんだよ君には。俺なんかが泣かせていい存在じゃないなんてキザなこと、女の子にも思ったことなかったんだけどね。」
「……嬉しくない。」
 不貞腐れて言うと男が笑う。気が向いたらまた呼んでと名刺に手書きの電話番号を書き加えておきながら、次はお茶にしようと宣う狡さに自分の人選ミスを後悔した。後悔させてほしい、ってこういうことじゃない。



「…………」
「誕生日おめでとう、臨也」
「……夢かな。」
「つねるか?」
「分かった、ニセモノだ。」
「よし、ドア潰すか。」
「やめて。今の時間波江さんいるはずだから。」
「ナミエサン、な……」
 マンションの部屋の前で、白基調の美しい花束を差し出された。
 誕生日、よく知ってたね。目を疑う理由が、ひとつやふたつじゃなくてとても困る。
「俺の知ってるシズちゃんはこんなに格好よくなかったと思うんだけど。」
「お前はこういうのがいいんだろ? 練習したんだよ。」
「……実は君、ドタチンだろ。」
「……やっぱりテメェ、門田みてぇのが好みなのかよ。」
「やっぱりってなに、……誰の入れ知恵だよ、これ。」
 つっかかろうとしたタイミングで花束を押し付けられる。受け取ってやるかと手をポケットにつっこんではみたものの、シズちゃんに投げ捨てられたら受けとめずにはいられないからいい人って損だ。今この瞬間に限り異論は受け付けない。
「お前、付き合いだしてからも俺より門田や新羅といるときの方がよく笑ってただろ。」
「シズちゃんといてもつまらなかったからね。」
「たまに俺だけの前で笑う顔の方が可愛かったけどな。」
「……分かった、病気だ。」
「分かった。それでいいからもうちょっと黙ってろ。あとは告白するだけだから。」
「…………は?」


「好きだ臨也、悪いとこは直すからこれからも俺の恋人でいてくれ。」


 紙袋からシズちゃんが小さな黒い箱を取り出す。見覚えはあるけど身に覚えがない。それを贈られる意味は分かるけど、贈られる理由がわからない。シズちゃんはバカなの? いや、バカはバカだけど。

「もし捨てたら、殺すから。」
「…………おう、よろしく頼む。」

 可愛くなれない俺の答えにシズちゃんが嬉しそうな顔をする。
 ふざけんなよ、君とは比べ物にならないくらい俺の方が喜んでる。

 こんなに報われる恋はない。
 君を好きになってよかった。

 大好きだよ、シズちゃん!!



 差し出した左手の薬指を滑る銀色の指輪は、俺を世界の誰よりも幸せな人間にしてくれた。





fin.

2015/05/08




prevnext

back

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -