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 あいするあなたにしあわせを

わたしの初恋は、おとなりに引っ越してきたいざやくんです。
わたしと、わたしのお友だちのゆきちゃんとはなちゃんと、そらちゃんとあとりくくんとようくんと。わたしと、わたしのお友だちはみんないざやくんが大好きでした。
いざやくんがおとなりに引っ越してきたのは、私達が小学生になる少し前のことでした。
金色のかみのお兄さんと手をつないだいざやくんは、テレビの人よりお人形さんよりずっとずっときれいでした。
わらうとかわいくて、話すとかっこいいのがいざやくんでした。
いざやくんは保育園にも幼ち園にも行ってなくてら会えるのは公園だけです。
みんないざやくんと遊ぶのが大好きで、いざやくんと遊べる公園が大好きでした。
でもある日、いざやくんはいなくなってしまいました。
今だと、来たときと同じように引っ越して行ったって分かります。
でもあのときはみんな思ってました。

いざやくんは、神様が連れて帰っちゃったんだって。



「臨也さぁ、実は人間じゃないんじゃないの?」
「あ、バレた? 俺の親アフロディーテなんだよね。」
「ごめん、どっちかっていうとサタンのつもりで話振っちゃったよ恥かかせてほんとごめん。」
「はは、ぶん殴りてえ」

飄々と、弾む声色に跳ねて飛び交う軽口。
他愛ない無意味な応酬に、こういうのが友達なんだろうかなんて如何にも思考の隙間を埋めるためのような他愛のないことを友達いない歴=臨也に出逢うまでの僕岸谷新羅は考えていた。

所謂『キラキラネーム』であろう臨也という名前も、臨也だと思うと名は体を著すって格言を称したくなるから不思議だ。今ではもう、臨也以外に臨也に合う名前なんて考えようとも思わない。

「へえ、今日水瓶座1位だって。」
「今更? もうあと帰るだけだよ。」
「今見たんだよ。ラッキーパーソンは弟。」
「誰が水瓶座なの?」
「新羅は11位だよ。最下位は牡牛座。」
「で、君は」
「ラッキーアイテムはメモとペン。」
「ノートの切れ端じゃだめかな、メモはないや。」
「あげるよ。明日になったら返して」
「くれてないじゃん。」
「はは、ほんとだ。」

臨也の目が細く弧を描く。

あか

しろ

くろいろ


臨也を構成する色はひどくシンプルだ。白雪姫みたい、と思ってすぐ童話の作者に謝罪する。こんなに禍々しい白雪姫、少女たちには毒が強すぎる。
「用事があるから」と鞄を手に教室を出た臨也を眺めて、黒いメモ帳を開く。

風でめくれた最後のページには、やっぱり返さなくていいよ(^□^)と女の子みたいな丸文字があった。



次はどこに行こうか。
金はないから、近場。
近場で尚且つ見つからない場所。

テーブルに突っ伏して自分の知る地図を思い浮かべてみるけど、知った場所はもう既に制覇してしまっている。

「……ない頭でいくら考えたところで答えは出ないよシズちゃん。」
「……いつからいた?」
「いつから悩んでた? ただいまを言って帰ってきたし、お風呂沸かしてご飯も作っちゃったよ。今日はレタス炒飯とふんわり玉子のスープね」

しゅるりとエプロンの腰ひもをほどいて細い指が布を折る。
そういえば旨そうな匂いがする。腹も減ってきた。

手伝おうと膝を立てると後は運ぶだけだからと制された。

「あ、ごめんシズちゃん。自販機のおつり取るの忘れてきちゃった。」
「取ってくればいいのか?」
「ううん、取ってくるからごめん、やっぱりこれ取りにきて先食べといて。」
「すぐだろ、待ってる。」
「じゃあ待ってて。行ってきます」
「おう、早くな」
「はーい」

トントン、と靴を鳴らす音がして
コンコン、と扉を叩く音が響く。

「おまたせ、兄さん。」

息を調えた弟は、十年前と同じ顔で笑った。
台所に用意された炒飯とスープは、一人分だけだった。



恐らく自分は、人生を懸けたとしてもコイツより綺麗な人間を見つけることなんて出来はしないだろう。
後部座席で欠伸をする男は、旋毛の形から小指の爪まで輝いている。

「美影だよね、俺のこと覚えてるの?」
「忘れてたよ。思い出し始めてるけど」
「すごいな、まだ赤ちゃんだったのに。あれ、赤ちゃんは春奈ちゃんか」

携帯に触れながら視線を空に飛ばす。どの角度から見ても絵になる容姿は、あの頃と何も変わっていない。

「なんで帰ってくる気になったの?」
「最初から答えを求めちゃいけないよ美影ちゃん。なんでだと思う?」
「平和島静雄に彼女でも出来た?」
「迎えは波江さんだと思ったけど、……あれ、美影いつ俺より年上になったの?」
「偽造免許くらい、なんなら春奈も持ってるよ。」
「それは流石に危ないだろ」
「泉井が持ってて自分が持っていないのは気に食わないんだと。」
「泉井?」
「……らんくんだよ、泉井蘭くん。」
「ああ、名前通り女の子みたいに可愛かったあの子。会いたいな、美人になってる?」
「……せいぜい期待しときなよ。後悔するだろうから」

顔面の半分に火傷を負った男の変貌を思うと自然に眉根が寄る。もともとの奴にだって対した愛着があったわけではないが、今に比べれば比べようもなくマシだった。

「妹が十歳になるよ。」
「うん、だから帰ってきたんだよ。兄としていろいろ教えてあげるないといけないからね。」
「アンタに教えられるくらいなら、教育なんてしない方がマシに育つだろうね。」
「流石波江さん、教育が行き届いてる。」

上機嫌に鼻歌を歌って、臨也が瞳を閉じる。
透き通る肌は、バックミラーを介しても人間とは違ってみえた。



私たちにお兄ちゃんがいることを知ったのは、今この瞬間のことでした。

「くるりにまいる? 可愛いな、そっくりだ。」
「お兄ちゃんも可愛いよ!」
「可愛いよ。」
「それに賢い、最高の妹だよ!」
「「…………」」

いきなり抱き締められて、お姉ちゃんとわたしの目がぱっちり合う。
かっこいいお兄さんがいきなりお兄ちゃんなんだよって意味がわからなかったけどやっぱりあんまりわかんないんだけど、でもこのお兄さんがお兄ちゃんなら嬉しいなって多分お姉ちゃんもいっしょに思ってる。

「でも、残念だな。せっかく可愛い双子ちゃんに産まれたのに」

お兄さんの声は青い空みたいにきれいで、言ってることよく分からなかったけどわたしとお姉ちゃんは目と目をあわせて頷いた。
私たちは残念なんだ。
みんな可愛いっていうこと、お兄ちゃんは残念っていうんだ。

なら、可愛いなんていらないね。

「ねぇお姉ちゃん、ねえねぇ!」
「うん、そうだね。」

お兄ちゃんに、楽しいねって言ってもらいたいね!



泣き崩れる両親に、男は白々しくも涙ぐんで「ただいま」と笑った。

「結局なんだったのよ10年も。」
「駆け落ちだよただの。好きなのは俺だけだったけど。」

10年前両親、だけじゃない。私以外のこの世界全ての知り合いを絶望の淵に叩き落とした臨也は、自分の前では悪びれる演技すらしない。
当然だ、今更過ぎる。

「どうだった?」
「一人だけ、勘のいい奴がいたよ。俺を悪魔みたいだって言ってた。」
「あら惜しい、当ててくれたら二度と会わずに済んだのに。」

本心からの言葉に、臨也がクスクスと笑う。



折原臨也は人間の形を象った天使である。

出逢った人間たちを幸せにするそのためだけに存在している。

不遇の扱いを受ける子どもたちに恋を教えた。

化け物に恋する青年に肯定を与えた。

悪魔に侵された化け物を、正しく人の道へ導いた。


臨也に関わった全ての人間が、奇跡を信じる権利を手に入れた。


「分からないわ、忘れられるだけじゃない。」

ばさりと大きな羽音と共に、傷んだ羽根が舞い落ちる。

たとえば息吹を吹き掛ければ、それだけで加護を与えられるというのに。

意図は伝わったようで、わかってないなぁと首を振って発された声には言い訳じみた色が滲んでいる。
なにが、と問い詰める前に輝く瞳が言葉を制して僅かに溶けた。

「これが恋って奴なんですよ。」

暇なだけでしょうと切り捨てると、心配かけてごめんねと検討違いの謝罪を投げられた。
呆れて頭を抱えた直後、ぱちんと鳴った指に顔をあげると羽根は白く美しく生まれ変わっていた。





end



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