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 マレフィセント

『マレフィセント』

それは口にしてはいけない名前。
音を聞いただけで忌み嫌われる、悪い悪い妖精の名前。

昔話を始めようか。
寝物語のようなありふれたお伽話を。
マレフィセントの名が禁忌になったその理由と、
あの人がマレフィセントを名乗るようになった深いように見えて浅い理由。
全部、全部 ひとりの男に起因している。
全部、全部 ひとりの男のせいだった。

妖精を愛しきれなかった、ひとりの人間の男ひとりの。



「イザヤ!」
「やあマーメイド、今日も綺麗だね。ねえねえ、そこまで競争しない?」
「いやよ、イザヤは速くてすぐに見えなくなっちゃうもの」
「イザヤ、いるの?!」
「いるよ。どうしたんだいウンディーネ」
「みて!ウォーターリーパーに噛まれたの!」
「うわあ、アイツまた見境なく……俺からも言っておくよ。腕、みせて」

まずはこの世界について。
これから話す昔話の、主人公のような存在について。

彼の名前はオリハライザヤ。
長いから、みんなイザヤと呼んでいたらしい。
イザヤは、……臨也さんは妖精で、鷹のような羽根を生やしていた。その羽根は誰よりも速く、強く、そして誰より優しかった。
最後のは、臨也さん贔屓のゴブリンが言っていただけで俺の意見じゃないけれど。

臨也さんには絶対で唯一の強靭な羽根と、他の妖精とは比較にもならない際限ない魔力があった。
木々を治すくらい、えぐれたウンディーネの腕をもとのなめらかな白い肌に戻すくらいまばたきよりも容易いことだったくらいだ。
妖精たちは臨也さんを慕っていて、臨也さんも妖精たちと戯れることが大好きだった。

笑顔が輝く眩しい世界。
臨也さんがイザヤでいることができたその世界には、美しい木々と澄んだ水、それから妖精だけが生きていました。

「イザヤ!!!」
「イザヤ!!!」
「オリハライザヤ!!!!」

「今日も楽しそうだねピクシー。なぁに、俺にどんなご用事?」
「「「ニンゲンが!!!」」」



「…………え?」



……もしも出来ることなら、出来ることなら、このときに、ピクシーが臨也さんを呼ぶ前に戻ってその軽い口を塞いでやりたい。
戻ってしまえば自分に妖精の口を塞ぐ術なんてなかったけれど、どうにかして。
そうして口を塞ぐことが出来たとなら、俺はきっと、臨也さんに出逢わず息絶えていたから。
臨也さんに救われた命を、未来を、代償にしてでも。

ビュンと風が鳴って、臨也さんに余計なことを告げたピクシーは吹き飛んだ。



「あそこに、人間がいるの?」

ウッドウォースのひとりに臨也さんが問いかける。ごごご、と人間には地響きにしか聞こえないらしい音に臨也さんが笑みを浮かべて手を伸ばした。木陰が、かさりと揺れる。

「誘拐はだめだよ、帰してあげて」
「誘拐……? んなこと、してねぇよ。俺はただ迷ってここに」
「ポケットにある水晶は、ここに住んでるんだよ。どこかに連れて行こうとしてるなら、それは誘拐だ。」
「……悪かった。」
「…………」

木陰から、人間が姿を現す。
そのとき、雷に打たれたようだったと臨也さんは未だに寝物語に語る。
月並みな台詞ですねというと、的確だから月並みになるんだよとクスクス笑われた。
あんな目にあって尚、この出逢いは臨也さんにとって運命で、かけがえのないものなんだろう。

理解に苦しむ。理解し難い。
理解したくない、が本音だ。

赤茶色の髪に、あわい緑の瞳。
水晶を投げた手は、怪我だらけだった。

「出口まで送ってあげるよ。おいで」

幼かった臨也さんより少し背の高い少年に、一目惚れだったと臨也さんは言う。
本人には伝えたことはないというその惚気を、なら俺にも言わないで下さいと何回言おうとして諦めたことか。
この話をする臨也さんは、恋する乙女みたいでどうしようもなく可愛くなる。他の妖精たちに見せるくらいなら、自分が我慢すればいいのだ。羨望も嫉妬も、妖精ではない自分には慣れたものだ。

「なぁ、ここって、本当に妖精の国なんだな」
「びっくりしただろ、人間には羽根がないもんね。」
「ああ、綺麗だな。それに、強そ……」
「ッ、熱……ッ!」
「えっ!?」

妖精の世界と人間の国の境界で、触れた人間の手に臨也さんが飛び上がる。顔を顰めて羽根を押さえる臨也さんに、人間が驚いて手を引く。

「わ、わるい!ごめん、ごめんな、大丈夫か……!?」
「あは、大丈夫だよ。俺こそ大袈裟な反応してごめんね。ほら、もう治った。」
「……!」

へらりと笑った臨也さんに、人間が目を見開いて、それからしゃがみこんだ。

「悪い、俺、力が強くて、すぐに傷付けちまうんだ」
「……ちがうよ。今のは、……それ」
「え?」

長い爪が指すのは銀色の指輪。
きょとんと首を傾げた少年のとなりに腰掛けて、人間って何も知らないんだねと臨也さんがまた笑う。少年の発する言葉はぜんぶ愛しく感じたと、だれもそんなこと聞いてないのに。

「妖精は、金属に弱いんだ。触れると火傷しちゃう。」
「…………」
「だから、触りたいなら指輪をしてない方の」



「あっ」


「俺、平和島静雄って言うんだ。また、会いに来てもいいか?」
「……もちろん。俺は、イザヤ。オリハライザヤ。待ってるよ、君のこと。」

少年は、平和島静雄は手を差し出した。臨也さんの羽根に触れて、火傷させた手を。
臨也さんは手をとった。手をとって、本当の名前を告げた。
羽根を火傷させた指輪を遙かへ放り投げた平和島静雄に、臨也さんは産まれて初めて特別な感情を芽生えさせることになった。

それからは、よくあるはなし。

世界と国の境界で逢瀬を重ねた二人は、妖精と人間、同じ性であるという障害を容易く排して愛を育んでいった。
そして平和島静雄が16歳になる年、彼は臨也さんに真実の愛のキスを与えた。

この頃の臨也さんはまだ純粋で、無垢で、信じていた。疑いもしなかった。しあわせな日々がずっと、永遠に続いていくということを、受け入れていた。

最初に人間が臨也さんたちの世界へ踏み込んで来たのは、平和島静雄が18歳になる頃だった。その頃から平和島静雄が境界を訪れる頻度は減り始め、臨也さんは独りで暇を持て余していた。
平和島静雄に出逢うまでは、退屈なんて感じたこともなかったのに。

「やあやあ可愛い人間たち。遊びに来たのかい?ならその鎧は脱いでくれないかなぁ、俺は暑苦しいのは苦手なんだ。」

大きな羽根を広げて、人間の前に姿を現した臨也さんは笑っていた。
純粋で無垢な臨也さんは、それでも人間という種の浅ましさを知っていた。平和島静雄だけが特別だと、人間の価値が下がる度に彼への愛しさは募るばかりだったと言う。だから、臨也さんは名前を変えた。
もしも平和島静雄が知れば、哀しむだろうと思ったから。
愛する自分が同じ種族の人間と敵対しているという事実で、彼を悩ませたくなかったから。

「俺の名前はマレフィセント。無駄死が怖い子は、もう二度ときちゃだめだよ。」

マレフィセントはこわい魔女の名前。
むかしむかし、悪いことをした魔女の名前。

怯えればいい。そして本当に、二度と来ないでくれればいい。
もしも彼が、大人になった彼が兵士として招集されたなら、それが久しぶりの再会なんて寂しすぎる。

人間を追い払いながら、臨也さんは平和島静雄を待ち続けた。



『強靭な翼を持つ妖精を、討ち取ったものに』



彼が境界を訪れなくなった理由なんて、考えもしないまま。

平和島静雄との再会と、
自分との出逢いはもうすぐ。

臨也さんの寝物語は、いつもここで終わる。



End

2014/07/18



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