エンヴィエンヴィー
シズ←イザからの四木臨。
不健全なので閲覧ご注意おねがいします。
シズちゃんは誰にでも優しい。
頼られれば応えようとするし、泣かれれば困った顔して慰めてあげる。
遠くから見ていた俺は、ずっと腹立たしく思っていたよ。
指の先が冷たくなって、心臓がキュウと絞まる感覚にもいい加減慣れてきた。
低いビルの屋上で、いくつもの信号を隔てた歩道橋で、俺がしゃがみこんでることなんて、君は知りもしないだろう。
「折原さん、そろそろ」
「……はい、お待たせしてすみませんでした。」
差し出された手に手を重ねて立ち上がる。不毛、不毛、不毛だ。馬鹿なことをしている、自覚はある。
白いスーツの四木さんと黒いコートの自分が手を繋いで明け方の街を歩く。
今は誰もいない十字路の脇で、シズちゃんは俺の妹とじゃれていた。それから後輩の頭を撫でて、自分は先輩に背中を叩かれて。笑ってた。嬉しそうだった。
また、指先が冷たくなる。
「……四木さん、煙草は吸わないんですか?」
「……アメスピ、でしたか。次からは用意しますよ。」
「…………」
つぎ。
親指が関節を撫でる。
もう何回目とも知れないこの行為に、この人はいつまで付き合ってくれるつもりなんだろう。
繋いだ手をほどかないまま、いつものホテルのいつもの部屋の鍵を受けとる。
なんでこうなったんだっけ。
偶然が重なった必然ってやつかな。考えれば考えるほど、四木さんの考えてることがわからなくなった。
「四木さん四木さん、頭洗ってください。」
「……耳に入っても知りませんよ。」
「わざと入れてもいいですよ。」
カードキーを電源に差し込んで、ジャケットを脱いだ四木さんの腰に腕を滑らせる。
四木さんになら、何をされても構わないです。
口だけで、シャツのボタンを外そうと試みる。
結果惨敗で二つ目で焦れた四木さんが顎に骨張った手を添えて口の自由を奪ってしまった。
はぁ、はあと呼吸が荒くなるのは自分ばかりで、口の端から垂れる涎を恥じる余裕もない。
「……折原さん、申し訳ないのですが」
「髪を洗うのは、目が覚めてからということで」
「ひっう、んん…っ」
「折原さん、息を」
「ひゃあう、う、しきさ、しきしゃ、むぃ…いたい、いたいです」
「……くち、あけて」
「は」
伸ばした、舌に舌が絡む。
熱い、あつい。
ちゅ、ちゅうと離れるたびに鳴る音が甘く脳を痺れさせる。
四木さんになら、どうされてもいい。
なにされても、いたくされても
同じだけ優しくしてくれるから、なんでもいいの。
「しき、しきしゃ、しきさん……っ」
「……は、い…折原さん、なんです、か」
「もっと、もっと、た、足りないです、もっ……ッ、〜〜ーひぁっ」
い、た
蕩ける場所から痛みと快感が零れてくる。
しきさん、しきさん、しきさん
あなたがどんなことを思ってこんなことをしてるのか、こんなことをしてくれるのか、俺には分かりそうもありません。
でも、だけど、やめたらだめです。断ったらだめです。俺には、あなたしかいないんです。
「し、さぃ…って」
「……すみません、もう一度」
「…………」
四木さん、言って。
同じ言葉を繰り返す勇気は、俺にはないんです。
聞こえなかったなら察して、言って。
胸に埋めた額を受けとめて、骨張った手で頭を撫でて、吐き出した吐息は、前髪を擽った。
「髪を洗う、約束をしていましたね。」
「…………」
「起きれますか?」
「……はい」
四木さんのばか。やくたたず。
ふてくされながら、浴室へ向かう四木さんの後を追う。
「……熱くはないですか?」
「はい、気持ちいいです。」
「では、目を閉じていて下さいね。」
浴槽の縁に腰掛けて四木さんがシャワーノズルを操る。人の手、というだけでなんでこんなに心地いいんだろう。適温のお湯で濡れた髪が、ラベンダーの香りに泡立つ。
「折原さん」
「はい」
「好きですよ、とても」
「はい、気持ちいい」
「…………えっ?」
「流すので、目は閉じていて下さい。」
「えっ、ま、待っ……んびゃっ」
「っ、ふ、はは、すごい声が出ましたね。」
「……っ、ー…!?」
顔から乱雑にシャワーを掛けられて、慌てた自分を四木さんが笑う。
口に入った泡が苦い。
確かに聞こえた言葉に、生まれ変ったみたいに心臓の音が強くなる。
やっと止まったお湯のカーテンに視界を開くと、見上げた四木さんはやっぱり笑ってた。
笑うことなんて出来たんですか。
丸くなる目で見つめる大人は、今までで一番幼くみえる。
「折原さん」
「は、はい」
ちゅっ
「!?」
「やっぱり、アメスピは勘弁して下さい。日本の銘柄でないと、吸った気がしないので。」
顎に添えられた手が頬を撫でて、むぎゅ、と鼻を摘まむ。
自分が面している状況も分からないまま、俺は頷いていた。
朝食を、一緒にと誘われたのは初めてだった。
黒い車が四木さんを迎えにきて、連れて行く。
別れ際に次の約束をした。
水族館に、誘われてしまった。
一人で歩く十字路は、昨日シズちゃんがいた場所だ。
俺の妹とじゃれて、後輩の頭を撫でて、先輩に背中を叩かれていたあの場所だ。
「…………へへ」
指先があったかい。
心臓の拍動が穏やかだ。
もう、ずるいなんて思わない。
(好きだって、言われちゃった)
俺にはもう、四木さんがいるから。
end
2014/07/12
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