部屋とYシャツと私。
お願いがあるの。
あなたの名字になることを選んだ私を、少しでも大切にしようと思うのならちゃんと聞いておきなさい。
外でどれだけ暴れてきても、怪我くらいなら許すけど
口が利けなくなるような、そんな無茶をするのはやめて。
あなたの口が紡ぐ言葉はいつだって傍迷惑で害悪でしかないけれど、物を言わないあなたなんて気味が悪くて見てられないわ。
小さな怪我も大きな怪我も、
しないならそれがいいけれど、
したら怒ってあげるから言いなさい。
岸谷新羅を頼って、私に何も話さないなんてことがあったら、
次の日からは盗聴器を持たせるわ。
にこりと笑う嫌みなほど綺麗な男の顔を撫でて、こちらも微かに笑ってみせる。
偽ってもむだよ。
どれだけあなたに付き合わされて来たと思っているの?
あなたは嘘を吐くとき、
とても優しい瞳で笑う。
もしも私を裏切るときには、
家での食事に気をつけて。
私はあなたが一番美味しいと言ったスープに、
毒を落として差し出すわ。
なんでもない顔をして、
残さないでねと念を押してあげる。
でもあなたはひどく不安定だから、
愛を囁くくらいなら目を瞑ってもいいと思うの。
代わりに満たされて帰ってくるときには、一輪だけ花を買ってきて。
君に似合うと思ったと、
とろけるような優しい瞳で笑って言って。
もしも私が死ぬと言ったら、
自分も死ぬと言ってね。
そうすれば私は、毒入りスープを飲み干して、あなたに一度だけ言ってあげる。
『私は本気で愛していたわ』
と。
「姉さん、綺麗だよ。」
「……ありがとう、誠二。」
写真をごみ箱に捨てて、
愛しい弟の手を取る。
言いはしないわ。
だって、大切になど想われるはずがないのだから。
秘めた思いは、きっと最期の瞬間にも伝えはしない。
それで、いいの。
(私が耐えられなくなったら、毒入りスープで一緒に逝きましょう)
それまでは、あなたの望む私でいてあげるから。
end
(2013/10/15)
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