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 キスの日

正臨。と不健全な静臨。





「……それ、なんですか」
「……虫刺されかなぁ……嫌だね、夏って」
「そろそろ、虫除けが必要な季節ですね。」

風の通らない部屋で風鈴が鳴る。冷たく調節された人工的な風は、毒を混ぜたみたいに気分を沈めた。

虫除け、してくれるの?

立ち上がった少年は答えないで、自分の首筋に指を這わせる。

こんなに冷たい部屋に、似合わない熱い指。

ばかだなぁと唇を動かしたけれど、たぶん声にはならなかった。



「紀田くんは、俺のどこがいいの」
「なにを言ってるんですか。アンタにいいところなんかないでしょう」
「シズちゃんは、罪悪感がいらないところだって言ってた」

膝に頬をのせて、にぃこりと笑ってみせる。君もそうでしょう?なんてつもりはまったくない。紀田くんは優しい子だ。可哀想なくらい。

ほら、手が優しい。

紀田くんは俺の嫌がることをしない。紀田くんがすることは嫌じゃないだけかもしれない。
嫌だと感じないことだけが事実なのだから、実際どちらかなどわからないけれど。

俺には君といる時間が心地よくて、手放しがたいのだからそれでよしとしてくれないかなぁ。

頬を撫でる指に手のひらを重ねる。
きっと君は信じてくれない。俺の言葉なんてなにひとつ。
そんなところまでそっくりなんだから、君たちは本当に愛しいね。たまには空しくもなるんだよ。ああ、言ってしまいたい。
このまま口づければ拒まれないことは知ってる。でも、それをしたら紀田くんが傷つくことも分かってる。

「紀田くん、ほんとはね」
君に見せつけたくて、こんなことしてるんだよ。

俺が彼のものだと思ってるうちは、君は俺に魅力を感じてくれるだろう?
知ってる。分かってる。
ひとのもの、はそれだけで輝いてみえること。
君だけを見つめる俺なんてきっと君にはなんの価値もない。

「俺が咬んでって、言ったの」

無防備な首筋を見つめて、笑う。
同じ位置につけてあげようか。痛かっただけの鬱血に、幸せな独占欲を重ねてくれたお礼だ。

もし傲慢だと思うのなら、返してくれてかまわない。

「……あの人のものに、してほしかったんですか?」
「紀田くんのに、なりたかったの」

ちいさく唇を開いて、ほんの少し震わせて、噛んじゃだめだよ痛々しい。やっぱりこうなった。素直になんてなるもんじゃない。

「うそつき」

睨まないでよ、泣きたくなる。
君に対してはわりといつだって正直なつもりなんだけどな。そんなことを言ったら、また傷ついてしまうんだろうか。

「ごめんね」

愛してほしいだけなのに、
上手にできなくて

(ごめんね)

そうして俺を想ってくれている君が、どうしようもなく大好きなの。


我慢できなくて重ねた唇が、
君を縛る傷になりますように。



end


2013/05/24

キスの日遅刻です。



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