うそつき
波江さんが臨也さんを好きです。
*
「なみえさん、すきだよ」
何回目かわからないその台詞に、何回目かわからない返事を返そうとする。
『わたしはあなたが嫌いよ』
たけど、出てこない。
喉の調子が悪いのかしら。
こほんと咳をしても、なんの言葉も音にはならない。
わたしから返事がないことを気にする様子もなく臨也が肩肘をついてまどろむ。
この程度の、戯言ですらない音の組み合わせ。
だから、はやくいつもと同じように答えてしまえばいい。
きらい、と。
この男に、自分の本心を晒してやる価値などないのだから。
「なんで」
「え?」
「なんで、そんなこと、言うの」
なんで、は どっちだ。
なにを馬鹿なことを言っているの。
意味なんてないに決まってるじゃない、ただの、口癖のようなもの。
「わたしは、あなたがすきなのに」
目を見開いて、臨也が動きを止める。なに、なんで、わたしはどうしてこんなことを言っているの。
黙って、分かってるから。
「…………そう、」
「所詮、きみはただの人間だね。」
ほら、こんな簡単に。
*
「あっ、つ……な、波江さんどうしたの?紅茶、火傷するかと思ったよ」
「すればいいじゃない。話さない方がまだ素敵よ?」
「……波江さんの前では黙るようにしようかな」
「私の前で黙って、何か意味があるのかしら?誠二以外の人間が何をしようとどうでもいいわよ」
ティーカップに息を吹きかけながら臨也が口を尖らせる。
あぶない、同じ温度の紅茶を口にしてしまうところだった。
昨日みた夢を思い出す。
夢だからと許容することすら憚られる、忌々しい夢。
「ほんとうに、君は誠二くんに一途だねぇ」
にや、と厭らしく笑ってみせながら、瞳が柔らかく蕩けているのを自分は知っている。
それが、どれほど稀有なものかということも。
「当然じゃない。誠二より魅力的な人間なんて存在しないわ」
「俺ね。波江さんのそういうところ、だぁいすき」
「それはどうも。私は貴方が嫌いよ」
ほら、笑みが深くなる。
ああ、なんて忌々しい夢。
あの稀有な瞳を向けるのは、私とあと一人だけだというのに
たったひとつの嘘を吐き出すこともできないなんて、ありえない。
(あんな馬鹿医者に、独占させてたまるものですか)
end
2013/04/10
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