わたしをころす条件ひとつ
静臨からの正臨。
シズちゃん不在。
ねぇシズちゃん、君はすぐに俺を殺すって言うね。
でもずっと殺せなかったね。
ほんとはね、殺せなかったんじゃなくて殺さなかったんだよね。
俺を殺すのなんて、簡単なことだもの。
「きだくん、なにしてるの」
「ちっそく、させてやろうかと思いまして」
押し倒すみたいに自分の肩を抑えて、紀田君がすぅと息を吸い込む。
ん、
へたくそ。プレイボーイの名が泣くよ。君ならシズちゃんの方がずっと上手だ。酸素はね、もともと口だけでは足りないようにできてるだろう。ばかだなぁ、紀田君は。
「は、ぅ」
「も、おしまい…?」
「……ずるいです、臨也さん…」
「君がこどもなだけだよ、紀田君」
きれいな瞳、柔らかい頬
似てるようで、やっぱり別人だ。
「俺を殺したいなら、もっと練習しなきゃ」
「つきあってくださいね。臨也さん、自殺志願者でしょう」
こつんと額があたって、鼻先を掠めて、今度は触れるだけ。可愛い、まるでキスみたい。
シズちゃんはね、俺の息があがるまで舌を絡めて、腰が抜けた俺をそのままソファーで組み敷いたよ。
そうしてほしいわけじゃない。
だってそうしたシズちゃんは、結局俺を殺してはくれなかった。
じゃあ紀田君はどうしてくれるかな。
どうやって、俺を殺してくれるのかな。
「君が殺してくれるまではつきあってあげる」
「殺すって言われてよろこぶなんて、妬けますね」
「だって、人をひとり殺すっていうのはとてもたいへんなことだよ」
「臨也さんがそれを言うんですね」
「言うよ。ねぇ紀田君、俺のこと殺したいなら、わかってるよね」
「臨也さん、バカですね。同じこと何回聞くつもりですか」
悪戯っぽい顔で笑って、ぎゅっと抱きしめられる。この体勢だと、どちらかというとのし掛かられてるような感覚がする。重くはないからいいんだけど、首元に頬に触れる柔らかい髪がくすぐったい。
「ねぇ紀田君、君が俺を殺すまで、君は俺のだよ」
「はい」
「ほかに何もみないで、どこにも行かないで」
「わかりました。わかってます」
「俺が呼んだら、どこにいても何をしてても誰といてても探しに来てね。帝人君といても、さきちゃんと居てもだよ。でないと俺は」
今度こそ、いなくなるよ。
大事な言葉は空気に触れる前にやわらかい笑顔に制された。
それだけで、重かった心臓が軽くなる。
「臨也さんがそうしろって言うなら、会いませんよ」
「言わないよ。ただ、選んでくれればいいんだ。いつでも俺をいちばんに」
「簡単です。今までだってずっとそうだったんだから」
それは、うん。そうだね。
だから俺は、まだここにいてもいいかなって思ったんだ。
「いつでも殺せると思ったら、案外どうでもよくなるものなんだよ」
「……大丈夫ですよ。あの人より俺の方が、臨也さんのこと嫌いです。」
「シズちゃんも、他の誰よりも俺が嫌いだって言ってたよ」
「間違いは誰にでもありますよ。俺がちゃんと殺してあげますから、責めないであげて下さい」
「紀田君も間違うかもしれないね」
「そのときは、臨也さんが俺を殺してください。臨也さんがいちばんじゃない俺なんて、俺はいりません。」
はっきりと言い切って紀田君が起き上がる。
そんなこと言っていいの、
もう何度目かわからない確認をしようとしたのに、もういいや。が先にきた。
紀田君の背中に腕をまわす。
あったかいとこは、シズちゃんといっしょ。
だけど、シズちゃんより優しいね。
そんなに嬉しそうに笑われたら、俺にはもう、なにも言えないよ。
ああ、好きだったなぁ
一度も口にしなかった言葉をじんわり胸に落とす。
俺よりも優しい世界を選んだシズちゃんは、これからきっと平和に生きていくんだろう。
(シズちゃんも、はやく過去にしてしまえばいい)
俺にはもう、この子さえいればいいよ
end
2013/03/18
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