たいしたことじゃないこと
不健全な静臨。
「羨ましいよね」
「ぁあ?」
無意識に呟いた言葉に、不機嫌な声が返ってくる。別にしたくないなら返事なんてしてくれなくていいのに。そう思いながら、あまり快適ではない腕枕に沈む。
「君の友達。あんなに一途に愛されてさ」
「…………」
全身全霊、新羅の思い人への愛は歪んではいても歪まない。ただひたすら、愛している。きっとこれから先もずっと。
だからなにと言うわけじゃない。まるで愛し合うような行為の余韻がいつもよりも生ぬるくて、つい口をついて出てしまった。
ぼんやりと答えを求めて見上げると、薄い唇がゆっくりと開かれる。
「俺がテメェを愛してやる」
「………」
「とでも言わせてぇのか、テメェは」
「別に。なんとなく、思っただけだよ」
耳を疑う言葉は、嘘ですらなかった。言ってほしいと言ったら、言ってくれるのなんてわざわざ発音することすら面倒に感じる。嘘でも言ってくれないよね、君は。
ベッドの中での睦言くらい、夢をみさせてくれればいいのにと思うのは贅沢なのだろうか。もしも違う相手なら、その場限りでも愛を囁いて自分を満足させてくれただろうか。…余計に虚しくなりそうだな。
ならこの相手でよかったのかもしれない。硬い胸にすり寄ると、抱き締めるように腕を回された。
「……新羅は、セルティのもんだ」
「知ってるよ。新羅はものじゃないけどね」
「………俺は、」
「…………」
言いかけた唇は、なにも続けずに閉じられてしまった。なんて続けて欲しかったのかな、自分は。
悩ましげに自分を見つめる瞳から逃げるために目蓋を落とす。今更彼女になりたいとは思わないよ、ただ少し羨ましいと思うだけ。
愛なんてなくても出来る行為が、ほんの少し寂しいなんて思うだけ。
(なんで俺は、いつもこう)
*
『俺がテメェを愛してやる』
自分の腕を枕に他の男の話をする臨也に、真剣な声色で言ったつもりだった。
なにも言わずに見つめられて、余計な言葉が付いてきてしまったのだけれど。
「……臨也」
「なに」
「寝ねぇのか」
「眠たくなったら寝るよ。君こそはやく寝ないと、明日は大好きな後輩とデートだろ」
「……んでんなこと知ってやがんだテメェは」
「それくらいなら調べなくても耳に入るんだよ。俺も誰か誘おうかなぁ」
目蓋を落としたまま呟く臨也に、言い募りたくて何も言えない。誰か、の選択肢に自分が入ることはない。明日だけじゃない、この関係が続く限りは、これからもずっと。
自分はこいつの中で、後輩に恋してる可哀想な化け物と位置付けられてしまっている。自分がそうした。そうすれば臨也は流されるだろうと、そうして思った通りに。
「人を巻き込むんじゃねぇよ」
「他人の心配してないで、明日着ていく服でも考えなよ。デートにバーテン服で来るような奴、俺なら見つけた瞬間置いて帰る。」
「…………」
胡散くさい白衣で周囲の目を引く新羅とは、笑ってどこへでも行っていたくせに。自分が今の仕事を始めるまで、臨也がまだ学生とかいう遊びをしていたときのことを思い出すと自然腕に力が入る。
その行為をどう受け取ったのか、「なんてね」と小さく笑って臨也が自分との短い距離を詰めた。
「うそだよ、大丈夫。彼女はそんなことするような子じゃない。君と会えるなら、君がどんな格好していても喜ぶに決まってる」
「…………」
「頑張ってね、シズちゃん。」
鎖骨のあたりに唇を落として、臨也が柔らかく息を吐き出す。報われない恋に思い詰めていると嘯けば、誰にでもこんなことをするのだろうか。
愛なんてなくても出来る行為を、せめて自分以外としないでほしいだとかそんなこと。
ただ虚しいだけの、そんなこと。
(いつまで続けるつもりなんだろう)
end
おまけ
「シズちゃん早起きだね、朝食べてく?」
「………おー」
「波江さんにと思って買ってきたんだけどね、昨日は誠二くんのところに行っちゃったから」
「……波江…ってあの秘書とかいう奴だよな」
「うん。今日は機嫌悪いんだろうなぁ…気をつけなきゃ」
「誠二、ってそいつの好きな奴だろ。なにに機嫌損ねるんだよ」
「大好きな誠二くんと会った後に俺と会うと不快感が際立つんだってさ。なんか新羅にも似たようなこと言われたことある気がする」
「…………」
「シズちゃんも?ヴァローナと会った後の俺はいつもより不快?」
「別に、だれと会おうがテメェは変わらねぇよ」
「ふうん、まあシズちゃん俺のこと嫌いだもんね」
「……、はらへった」
「ちょっと待って、砂時計が落ちたら紅茶淹れるから」
「ん」
「……あのさ」
「んだよ」
「あんまりくっつかれると、動きづらいよ」
「…………」
「……別にいいんだけど」
「別にいいなら黙ってろ」
「…………」
「……臨也、今日また、泊まる」
「いいよ。慰めてあげるから頑張っておいで」
「…………おう」
((……ばかみたい))
おまけ おわり
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