short | ナノ

 落花流水

酔っ払いシズちゃんにむかつく臨也さん。臨也さん総愛はスタンダードです。



「……へへ、いざや…くせぇ」
「もう黙れよ死ねよ死んでくれよ。」
「やぁ、だー」
「…………」

夜の散歩になんて出なければよかった。
不意に甘いものが食べたくなっていくつかのコンビニを回ってたくさんの種類のプリンを購入して満足してうちに帰ると、キレてるときの形相よりもよっぽど恐ろしい顔のシズちゃんが俺のうちのドアをぶっ壊そうとしていた。

「…タクシー代出すから帰ってよ」
「タクシー代でプリン食べたいです臨也くん」
「君に食べさせるプリンはないよ。…なにしに来たの?」

数週間前に結構な喧嘩をして以来、池袋ですら遭遇することがなくなっていたというのに。
お酒に逃げられるのは正直気に食わない。

「臨也くんに会いにきましたーぁ」
「……誰に言われたの」
「トムさんがよぉ、喧嘩してんなら謝ってこいってなー!」
「うんわかった。帰れ。」
「泊まる。」
「泊めない。」
「泊まる。」
「………ソファーで寝てよ。」
「いやだ。いっしょにねる」
「君に言われても嬉しくない。」
「ふーん、へえー、そうかあ」
「触らないでよ、この酔っ払……っっいっ」

がん!

鈍い音に遅れて肩口に痛みが走る。この、酔っ払いが……!

「……離せよ」
「誰に言われたら、嬉しいんだ?なぁ、臨也くんよお」

へらへらと似合わない笑顔を浮かべて自分の肩を掴む手に力を込めるシズちゃんに背筋から神経が冷えていく。ふざけるなよ、酒が入っていたからなんて言い訳、自分に対して絶対に通用させてたまるものか。

怒鳴りつけたい思いを必死で抑えつけて低い声に苛立ちを押し込める。

「俺に暴力を奮わないような人なら誰でもいいよ。あと、意地悪なことを言わない人……そうだね、誰からも愛されないくせにとか」
「……………」
「誰からも愛されてないからって、誰でもいいから愛してほしいとでも思ってたような奴になんて、触れられたいわけがないだろ。」
「………いざ、」
「痛いんだけど、肩。」
「っ………」

弾けるように自分を解放したシズちゃんの顔は青ざめていて、やっと酔いから醒めたのかと息をつく。

「…っ、わ、悪かった…!新羅のとこ、」
「いらないよ。必要なら自分で行くし」
「っ、………」
「酔いが醒めたなら帰りなよ。分かってるだろうけど、田中トムに相談して来てる時点で俺はいい気がしてない。むしろ酔っ払いに絡まれて痛い思いまでして最低な気分だ。」
「………、ごめん、悪かった、悪い」

泣きそうな顔で言われたところで、取り繕うための謝罪ならいらない。この数週間自分がいったいどういう思いで過ごしていたか、そんなこと愛されたい人に愛されたいだけ愛されてるこいつには絶対に分からないんだろうと思うと泣きたいのはこっちだとヒステリックに悲鳴を上げたいくらいだった。

どうせ自分は、恋人と喧嘩したときに相談する相手の一人もいない。

「もういいよ。あんなこと言われて、もうシズちゃんなんかと恋人したくない。」
「っ、あんときは、勢いで…っ!本気でんなこと思ってるわけねぇだろ!!」
「ばっかじゃない。勢いで出たってことは本当は思ってたんだよ」
「ちげぇって…!」
「酔っ払ってなあなあで済ませようなんて、馬鹿にしてる……」
「っ………」

冷静でいようと思っていたはずなのに、じわりと目頭が熱くなる。いつもこうだ。最後には自分が縋るようなことを口にしている。

「臨也、ごめん。悪かった、全部俺が悪かった、本当に、ごめん。」
「っ、」
「つい、で済ませれるとも、酔った勢いでなかったことにしようとも思ってねぇよ、きっかけがないと来れなくて、…遅くなって悪かった、ごめん」

久しぶりの体温とシズちゃんの匂いに張り詰めてた神経が弛んでしまって涙が溢れる。こうなるって分かってたから、はやく帰ってほしかった。また絆されてしまう。どうせ同じようなことで傷つけられるのは目に見えてるっていうのに。

「俺は、シズちゃんしか、いないのに…っ」
「うん、そうだよな、ごめんな。」
「俺ばっかり、なんで、こんな、もう嫌だ、シズちゃんとなんか、俺ばっかり、いつも」
「うん、ごめん」

ひたすら頷いて、優しい声で謝罪の言葉を口にする。自分にこんなふうにしてくれるのは君だけなんだよ。ひどいことなんてしないで、言わないで。大好きなの、君だけを。


ああまた、別れられなかった。

(だって俺には君しかいないの)





「ごめんな、臨也」
「………うん…もう、いいよ…」

泣き疲れたように自分の胸にもたれかかって、臨也が瞳を閉じる。

「シズちゃん、泊まるの?」
「なんにもしねぇから、一緒に寝たい」
「……いいよ。俺先、行ってるから、お風呂入ってきなよ。」
「うん、ありがとう。すぐいく」
「ん…。」

額に落とした口付けが拒まれなかったことに安堵しながら、柔らかい髪を撫でる。

『俺にはシズちゃんしかいないのに』

その言葉だけで数週間の世界を壊してしまいそうな苛立ちと不安が消えてなくなった。ああよかった、あいつはまだちゃんとひとりぼっちだ。誰にも愛してもらえないなんて、お前に限ってそんなことあるはずがないかと思えば浮かぶ人間はひとりやふたりじゃない。

今回の喧嘩は粟楠会の四木さんだったかに貰った万年筆に、臨也が嬉しそうに口付けていたことが原因だった。

自分ではどうやっても選べないような臨也に合った質のいいそれを見て、頭が真っ白になったことだけ覚えている。それから自分が臨也に言ったことも臨也にしたことも抜け落ちて、気が付いたら涙を流す臨也が視界に入って何も言えずに走って逃げ出してしまった。

泣かせてしまった、泣かせてしまった、泣かせてしまった

会ってまた泣かれたら、お前なんていらないと言われたら、俺には他に愛してくれる人がいくらでもいるんだからと捨てられてしまったら。

そう思うと会いになんて行けなかった。怖かったんだ。こわいんだ、今だって。


「……いざや」

信じてくれてないんだろうけど、本当に一度だって臨也が愛されてないだなんて思ったことはない。あるわけがない。臨也が愛している以上に臨也は愛されていて、臨也を愛している奴らはみんな自分なんかよりずっと臨也をしあわせにできると知っているから。だから、自分が言ったという言葉は臨也に気付いて欲しくなかっただけだ。もしも気付いたなら、きっと臨也は俺なんていらなくなってしまうから。


まだ恋人でいられた


(でもそれは、あいつがひとりぼっちだから)



end



2012/9/20

ネガティブスパイラルいぇあ



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