二律背反
臨也さんが波江さんを大好きな蘭→臨です。
真剣に悩んでるときこいつは唇に指をあてる癖がある。
それに気がついたのはモンブランと栗羊羮の写真を眺めている時だった。
「えー?蘭くんと波江さんだったらそりゃあ波江さんの方がかっこいいよ」
くすくす笑いながらマグカップで手を温める臨也は真剣にもなにも悩んだ様子すらなくて苛っとする。
「っとにあの女好きだなお前は」
「格好いいよねー」
「まぁ…否定できねぇけどよ」
自分が居ない間に折原臨也は一人ではなくなっていた。
池袋に起こる大抵の諸悪の根元であるこいつの傍に居れる人間なんかがいるのかと思ったが、矢霧波江という女は折原臨也にも負けず劣らずの人格破綻者で妙に納得がいったのはわざわざ口には出していない。
「……もし誠二君にキスしたら波江さん俺にもキスしてくれるかな」
「確実に殺されるだろうがな」
「死ぬのは嫌だなぁ…」
ソファーにもたれ掛かって目をふせる姿はそれだけでどこかの雑誌に載っていそうなくらい絵になるのに、なんでこんなに残念な中身なんだろう。
折原臨也は妙なベクトルで矢霧波江にご執心だ。人間という種を愛しているなどという戯言を宣って好き勝手に他人で遊んでおきながら誰か一人を特別視するなんていうことが許しがたいことに思えた時期もあった。
自分なんてこいつの遊びのせいで愛車と右半分の顔を焼かれることになった。
「興味の関心の全てをたった一人のただの人間に向けることが出来るだなんて、すごいよねぇ」
「全部が浮気みてぇなもんだもんなァ、テメェは」
「全部が本気なの、俺は。」
そう言って桜の描かれた角砂糖を一欠片もうぬるいだろう紅茶に落とす。
別に知りたかったわけではないけれどこいつの馬鹿みたいな言動は全て本気なのだと気づいてしまった。
それが真実かどうかは置いておくとして。
「大変だなァ、テメェみてぇのに本気になられる人間様は」
「そうだねぇ、遠慮しないでみんな俺に本気になってくれればいいんだけど」
「シズちゃんがいるじゃねぇか」
「……蘭くんが人をちゃん付けで呼ぶってめちゃくちゃ面白いね」
「俺からすりゃ往来でノミムシとか呼ばれてる奴のがよっぽど面白いけどな」
「蘭くんは性格が悪い」
「それこそテメェにだけは言われたくねーわ」
表情をどこか幼くする臨也に淡々と返すとお気に召さなかったらしい、むっと頬を膨らませてそっぽを向かれてしまった。
ほんとうに、いったい何があったというのか。
戻ってきてからの臨也は明らかに以前とは違っている。
「拗ねんな、事実だろうが」
「拗ねてないし。」
そう言う声は明らかに先程よりも低いトーンで、突然カチカチと携帯を弄り始めるのなんて完全に自分は拗ねてますと言っているようなもんだろう。
たしか、少なくとも自分に対してはこんなに素直な奴じゃなかったはずだ。
「…………」
「…………」
「……何してんだよ」
「美影ちゃんと春奈ちゃんとチャットしてる。主に蘭くんのデリカシーのなさについて」
「…テメェな…」
自分が拗ねさせたとはいえ、さっきまで自分に向いていた視線が意識が何の関係もない人間に奪われるのなんて気分が良いわけがなく
仕方ねぇなと頭を掻いて臨也の携帯を奪う。
むっとした顔をしながらも大人しく奪わせるあたりがやはりこいつらしくない。
「なぁ聞きてぇんだけど」
「なにさ」
「お前って俺のことも本気で好きなの?」
「………人間という種としてね。大好きだよ」
変なこと言い出した
とか思ってんだろうどうせ。わざとらしく拗ねるのをやめて黒い瞳がきらりと輝く。
「種としてにしてもある程度順位もあんだろ。」
「それがね蘭くん、俺はみんなを平等に愛しているんだよ。毛並みのいい血統書つきのにゃーさんも目付きの悪い雑種にゃーさんもそれぞれ違って愛しくて、結局は同じくらい愛してるんだ」
「じゃあ矢霧波江も俺も同じだな。分かった、次あったら伝えてみるか…」
「追け加えるよ、平等に愛してはいるけれどやっぱり人間には格って言うものがあってだね」
「お前は矢霧波江に心臓でも握られてんのか」
まさか、と答えた瞳は乾いていたらしく瞼がゆっくりとまばたきを繰り返す。
こいつについて大して何も知らない自分には、前と今とで違うことなんてひとつしか思い浮かばない。
「じゃあもし、矢霧波江がお前のこと好きにでもなったらテメェはあの女に失望すんのか?」
「…殺されるよ、きみ」
「本人に聞こえる場所では言わねぇよ」
じぃ、とサングラス越しににらみ続けると顔から表情を消して小さく俯く。
ツイ、と細い指が柔い唇にあてがわれる。
ここでその癖を出すのかテメェはではなくどうしてこんなしょうもないことに気づいてしまったんだ自分と自分を責めてしまうのはなぜだろうか。
「それはとても興味深いけれど、出来ることなら見たくないなぁ」
「なんでだよ、テメェに惚れる矢霧波江なんか相当の見物だぜ?」
「移り気をしばらく楽しむだけのために、あんなに素敵な人がただの人間になってしまうのは少し惜しいかなってくらいだよ。君と違ってなかなか代わりがいないから、彼女は」
言い切って、にやりと人を喰った表情が戻る。
くるりと回して机の上に置かれた携帯にざわりと背筋が凍る感覚がした。
「まぁそういうことだから、これからもお願いね波江さん」
「っ、!?」
『今、駅についたところなんだけど』
『私がつく前に二人で屋上から飛んだらどうかしら。』
「…………」
「あははっ!波江さんかっこいいーっ」
いっそそうした方が自分のためになるんじゃないかと本気で思うような殺意しかない声にケラケラと笑ってみせる臨也は知ってはいたけどやはり相当に神経をやられちまってる。
こんなのと涼しい顔をして仕事が出来るところが多分あの女の恐ろしさを揺るぎないものにしているんだろう。
いつの間にかスピーカーをやめて嬉しそうに電話を続ける臨也の頭をぺしんと叩く。
じゃあな、と声に出さない挨拶は伝わったらしく臨也が笑顔でまたねと手を振って意識を電話に向けられた。
もしも自分が人間のままこいつに特別視されたら
なんて異常な事態、自分には到底想像できないけれど
(せめてあの指が唇に触れるくらいには)
いつの間にか臨也の隣が定位置の恐ろしい女に並びたいと、
思っているうちはたぶん自分は愛しいだけのただの人間だ
end
2012/9/7
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