short | ナノ

 こっちだけみてマイハニー

「……サイン、ですか」
「………うん。」
「いきなり押し掛けて悪いな……」
「いや、今日は休みだったから」

突然の来訪は特に問題ない。久し振りに元気そうな姿が見れて嬉しいよ、兄さん。
でも、この状況を詳しく説明してもらえるともっと有難い。

兄さんがなんで折原臨也の肩を抱いているのかとかを特に分かりやすく。

当然のように折原臨也の肩を抱いてソファーで寛ぐ兄さんとは対照的に、肩を抱かれる折原臨也は見たことがないような引きつった顔で全身を緊張させている。

「……何にサインすればいいですか」
「あ、えっと……あ、じゃあこれ、に……くるりちゃんとまいるちゃんで、お願い、してもいい、かな…」
「わかりました。妹さん、ですよね」
「うん。喜ぶよ」
「ところで兄さん、お願いしたいことがあるんだけど」





いつもの調子で挑発してたらなぜか幽くんのお家に連行された。意味がわからん。

「……ごめんね、幽くん…」
「いえ…。」
「「…………」」

きっまずい。
君は俺のことが嫌いだろう。それに突然押し掛けてきた相手なんかにいちいちお茶菓子を出す必要性はどこにもないんだよ。シズちゃんにいてほしいと思うことがあるなんて思わなかったよシズちゃんはやく帰ってきて……!!

「……臨也さんへ、はいらないですか?」
「え?あ、うん…ありがとう大丈夫。」

幽くんの空気はどうもうまく読めない。シズちゃんとは違う意味で考えていることが全くわからない。この兄弟とはことごとく合わないらしい。

ほぼ条件反射の笑顔で答えて手を振ると、そうですかと言ってなぜか手を取られた。えっえっなにするのなんのつもりなのこのこ。

戸惑う自分を一切気にとめることなく、クルマイ宛にサインを書いてくれたサインペンで幽くんがきゅっきゅと何かを書き始めた。俺の手に。

えっ俺いらないって言わなかったっけ!?えっ

『かすか』

手の甲にひらがなでなまえと続いて数字の羅列。これは、

「これ、俺の番号なんで。知ってるかもしれないですけど」
「……なんで?」
「……折原さんとお話するのは、楽しいですから」
「えっ」

楽しかったの…!?
どのあたりが……?
ああもう、俺のキャパシティはそんなに広くないんだよ幽くん……!

「君は俺のこと嫌いだよね?」
「昔は、貴方のせいで兄が嫌な思いを強いられてましたから。」
「今もだと思うけど…」
「兄も大人になったので。」

貴方なんて相手にしていませんよ。

そう言われたように感じたのは少しばかり察しが良すぎるだろうか。

(どうも厄介な子だな)

うちの可愛い妹を骨抜きにするくらいだから当然なのだけど。

とりあえずシズちゃんに見つかったらどんな言い掛かりをつけられるか分かったもんじゃないので携帯に登録することを条件にクレンジングオイルを借りました。

俺はいったいなにをしてるんだろう…






「会わないから、遠い人だから好きでいられるんだよ。幻想を抱いて、自分のいいように作り替えてさもそれがその人自身であるように思い込む。まぁ、」
「幽くんは、確かに魅力的だとは思うけど……」

そう言った臨也の頬が微かに赤く染まったのを、自分は見逃すことが出来なかった。

会わないことが、遠いことが好意を増幅させるみたいなことを言った。

そんなことを言ったら、臨也が幽に会うことなんてまずないじゃないか。ただでさえいい奴ないい男な自分の自慢の弟な幽に更に幻想なんて抱いてしまえばいくら臨也でも幽が特別になっちまうかもしれねぇ。

幽はすげぇやつだけど、自分と違ってちゃんと人間だ。お前が平等に愛するべき人間なんだ。

「兄さんおかえり。ごめん、ありがとう」
「おう。」
「……シズちゃん、おかえり」
「………おう。」

おかえり、おかえり

頭の中で臨也の声が繰り返される。
家に帰るとこいつがいるっていうのを想像しちまって首をぶんぶん振り回す。

「あの、シズちゃんありがとう。サインも貰えたことだし、帰りたいんだけど」
「そうか。さっさと帰れ」
「はああああ?」
「なんだよ、帰れよ」
「きっ君ねぇ無理やり連れ込んどいて…!!」
「っ、つ、連れ込むって…」
「連れ込んだだろ!もう、帰るよ馬鹿!」

シャア!と猫のように逆毛を立てて怒る臨也に、なんでだろう顔が熱くなる。

「幽くん、ありがとう。シズちゃんしね!」
「っ………!」
「いえ、お気をつけて」


よかった

幽に対しては、いつもと変わらない柔らかい笑顔だ。
俺にだけ、俺だけの


(ねぇ離れないで)



end

2012/08/02



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