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 とろける暴力


「蘭くん、重い」
「お前ちっせェからなァ……」
「ちっちゃくないよ。」

小さな背中に体重をかけて笑うとわりと本気で嫌そうな声を出す。

実際低くはないはずの身長だが、周囲の人間がことごとく背が高いせいでどうにもコンプレックスらしい。
他に引け目を感じるところはいくらでもあるはずなのにそんなしょうもないことを密かに気にしているところが賢いのにバカなこいつらしくて笑える。

「暇。」
「えぇ?昨日漫画買ってあげただろ。それ読んでなよ」
「それはテメェがいないときに読むんだよ。居るときはちゃんともてなせ」
「………あと30分だけ待って。」
「30分……」

こいつが提示するのは最速でやったと仮定しての時間だ。なんの邪魔も入らないと仮定しての。

仕方ねぇな、自分のためだ。

「……コンビニ行ってくる」
「ロールケーキ。ノーマルの。」
「っとに好きだな…紅茶は」
「ホット」
「わかった。さっさと終わらせろよ」

質問ではない最後の声かけへの返答はない。
薄ら笑いを消してパソコンと紙切れに集中している姿が自分の暇を潰すためだと思うとこいつを知る奴らに大声で吹聴したいような気分になった。

コンビニで150円のロールケーキをふたつ買って、恐ろしく似合わねぇと内心で笑えてくる。

あいつには似合わねぇことばかりしてる自覚はある。
その分あいつもだいぶ似合わねぇことやってるのが見れるからまぁ特に問題はねぇけど。

「おかえり。紅茶でいいよね、蘭くんはアイス?」
「おう」

合鍵で入ると目蓋を覆っていたタオルを外して、なにも言わなくても臨也が自分の頬にキスを落とす。

行為には大分慣れてきたが、キスする前と後にしばらく戸惑うように無表情になるのは変わらない。

ここだけを切り取るとなにも知らない生まれたばかりの雛のようで、汚してやりたくて触りがたい。

「ありがとう。俺はあいつほどは甘いもの狂いじゃないんだけどさ、疲れたときにはやっぱり甘いものが愛しいよ」
「意外と安い奴だよな、お前」
「そうだよ。駄菓子もわりと好き」
「ああ、綿菓子食べて口の周り甘くしてんだろ」
「失礼な。それは蘭くんだろ、俺は綺麗にたべるよ。」
「あと棒つきの飴とかか。」
「好き好き。」
「ちっちぇえからガキっぽいもんが似合うな」
「む、またそれ言うの?」

ロールケーキを口にしながら臨也がぷくりと頬を膨らませる。ガキ、っつうより女子っぽいんだよなこいつは。
仕草のひとつひとつが誘うように甘い。

「……食いてェ」
「え?」
「あン?」
「?」

つい口に出した願望に臨也が目を丸くする。

なにもわかっていないからといって、そんな無垢じみた顔をするのはあんなよくねぇだろう。

友達として自分以外の前ではすんなと注意してやらねぇとと口の端についてるクリームを拭おうと腰をあげると、淡い紅色の唇が薄く開いて赤い舌が覗く。

こくり、無意識であろう上目遣いも相まって、咽が鳴る。

これ、は


「食べて、いいんだよ?」
「…………」

不思議そうに幼い声色で。
それは完全に自分が手をつけてないロールケーキの話だ。

だとしても

ああ、録音しときゃよかった。

「………不思議の国のアリス、あるだろ」
「?ルイスキャロル?好きだけど…」
「クッキー、なんて書いてあった?」
「クッキー?」
「でかくなるヤツ」

唐突な問いに臨也が分かりやすく怪訝な顔で答える。そりゃあ知らないはずねぇだろうから答えてもらわねぇと。

片頬に手を添えて見下ろすと瞳に疑問を湛えて臨也が口を開く。よし。

「Eat me?」
「日本語で。」
「蘭くん、バカだとは知ってたけどいくらなんでも」
「いいから。」

「わたしを、たべて」

ちゅっ



「ごちそうさま」

「………」


「……なにしてんの?」
「食べろっつうから」
「面白い…?」
「わりとな。」
「それは…よかった。けど俺にはやっぱり蘭くんのツボがよく分からない」

唇を押さえる臨也は、よく観察してみても顔色に変化はない。
真っ赤になって慌てると思ってたわけではないが、あんまりむやみに耐性つけさせんのも……いや、これはこれで。

「………言ってんだろ、友達と仲良くしてぇんだよ。」
「蘭くんは、今までも友達とこんなことしてたの?」
「誰が。テメェだけに決まってんだろ」
「………蘭くん、かわいそう」

ついと視線をロールケーキに落として、臨也が切なげに呟く。どうせまた自分のことを棚に上げて友達居なかったんだねと哀れむような言葉が続くんだろう。
仕方がないから受け止めてやろう。だから、これからお前がと返すために。



「はじめての相手が、俺なんて」
「……………」


もしも、

もしもここでソファーに押し倒して本当に初めての相手にしてやったとしてもそれは正当防衛だ。

どうやったらそのことばを選択してしまうことになるんだ、

視覚の暴力、ことばの暴力、存在自体が暴力なのは間違いなくあの喧嘩人形よりもこいつだと言い切れる。

「うっせぇ、クリームついてんぞ」
「え?……わ、やだな。はやく言ってよ」
「出掛ける前に言ってやっただけ有難ぇだろ?」
「出掛ける前には鏡見るよ」
「ああそうかィ、悪かったな」
「……ううん……ありがと…」
「………おう」


とろける直前のアイスクリームのような、あまったるい空気。

食べるのがもったいねぇと思ってるうちにやめておけと柔らかい頬をつねりたくなる。

自分は意外と、理性の塊で出来ているみたいだ。

(これ以上、うまそうなことすんじゃねぇよアホ)




end

蘭くんはへたれってわけではないんですよ。



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