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 彼の恋

静←臨←正。
たぶん病んでる





彼の恋は叶わないらしい。

笑顔で愉しげに言ったのは、いつだって人間を愛していると公言する折原臨也だった。
しかし彼が恋している相手は人間という種ではなくて、たった一人の個人だと言う。

ばかなことを言い出した、と一笑にふせるには少し痛々しすぎる。

「本当に、見えないんですか」
「見えてるよ?いま、紀田くんは哀しそうな顔をしてるね。」

いつもと同じデスクの前に腰掛けて、臨也さんが自分に向けて笑いかける。

視線が、合っているように感じる。

「見えてないですね、笑ってますよ。満面の笑みです。」
「嘘だ、君は哀しむよ。そういう子だ」

断言して、ついと視線を逸らす。
俺の何を知っているつもりなんだ。

「なぁに?」
「耳、と口、無事で残念ですね。」
「はは、本当にね。俺には邪魔なものばかりだ」
「ええ、本当に。」

近付くと、臨也さんが俺を見上げた。少しだけ焦点が合っていない。やっぱり見えてないんじゃないか、この詐欺師。

なにも聞こえなければ、なにも言わなければ、きっと抱き締めることもできたのに。

ただでさえ白い顔を白くして、細い頬を削いで、愉しげに笑う好きな人をたしなめることがきっと。


『死ね』と言われた、ただそれだけらしい。

『好きなんだ』と伝えて、
『ごめんね』と笑って、
『死ね』と一言、青褪めた顔で言われて、

自販機が頬を掠めて、立ち去っていく背中が急に見えなくなったと、笑う。


「紀田くん、ごめんね」
「なにが」
「君しか、思い付かなかったんだ。」

一度軽く肘に触れてから、臨也さんの手が自分の手に絡まる。

「哀しい顔、してくれるひと」
「っ………」



いま、

泣きそうに、なった。


「大嫌いな俺でも、殺したいほど憎い俺でも、紀田くんは、哀しんでくれるって、」

「相変わらず、いい性格だろう?」

熱い、冷たい。

自分の手のひらに冷たい頬を寄せて笑った臨也さんがしあわせそうに目を細めて、宝石みたいな涙を溢す。

ひとつ、ふたつ、みっつ


ばかだな、ばかなひとだ。
すくいようがないひとだ。

やっぱりあんたは、俺のことなんてなにも知らない。

「だから、笑ってるって言ってるでしょう」

大好きな、大好きなひとが泣いているのに、震えてしまうくらい喜んでいるような奴なんだ自分は。

まるで、唯一みたいなことばを選ばれて、あんたをそうした男に感謝すらしているんだ。

そんな、奴に。

「でも俺には泣いて見えるから、いいよ。」

「…もう…いい」

閉じた瞼から溢れる、また。
可哀想、と思えない自分はこの人の知っている自分じゃないのかもしれない。

愛しい、好き、愛してる。

哀しんでほしいと言う目の前の好きな人に抱く感情は同情でなく恋情だ。それだけ、だ。

「これから、どうするんですか」
「どうしよう、目を雇えたらいいんだけど」
「無理だから、山にでも籠りますか」
「………それも悪くないね…」

そのときは、一緒に。


言おうとして、やめた。

そんなことを言えばひとりで消えてしまいそうだから、勝手についていけばいい。
仕方ないから辿り着くまでだけ目になってやると言って、そのまま居座って、本当に目になってしまえればいい。もしも叶えば、夢みたいにしあわせだろうと思う。叶うはずがない、とも。

だれも引き留めないのだからと唆せば今なら靡いてくれないだろうか。

だれも、あいつがまだ、このことを知らないいま、なら

〜♪

「「…………」」

軽快な着信音に臨也さんが絡んでいた手をほどく。
迷いなく黒い携帯電話を掴んだ手は、そのまま自分の胸に伸びた。

「…今度着信音ひとりずつ設定してよ」
「……これを機にいらない番号整理したらいんじゃないすか」
「そんなことしたら誰もいなくなっちゃうだろ。誰から?」
「未登録です。080の―……」

読み上げるとほんの一瞬臨也さんの顔が強張った。

「……もしもし」

「………」

ああ、これ……。

気付いてしまったところで、自分に出来ることはもうなにもない。もしも表示されていたなら、自分が知っていたなら、「非通知でした」と電話を切って山籠りの話に戻ったのに。

いいじゃないか、だれもいなくなっちゃえば。

携帯電話から微かに漏れる低い声を聞いてぼんやりと意識を遠ざける。

この男は、知っていたのだろうか。臨也さんの番号。

もしかしたら岸谷先生から目のことと一緒に聞いたのかもしれない。

謝る、のかな。

それはない気がするけど、そんな笑えないことはやめてほしい。たぶんそれは、臨也さんにとって耳が聞こえなくなるよりも絶望的なことだ。

電話番号、知らないはずはないのに登録してない理由は容易に想像できてしまうから考えなかったことにしたい。

ゆるやかな現実逃避を試みていると、まだ騒がしい携帯電話を離して、見えないはずの瞳を見開いて自分を見つめる臨也さんと目があった。

ぞくりと背筋を伝った寒気は、予感か、期待か



「……紀田くん、朗報だよ。」
「え?」



「聞こえなくなった、みたい」






彼の恋は叶わないらしい。

彼の恋も叶えられないくらいなら、死んでしまえればいいのに。



end


彼に恋しているだけの、自分なんて



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