はち
「ほら、俺ってこぉんなに人間を愛してるのに愛してもらえてないじゃない?だから実はずぅっと寂しかったんだよねぇ」
にやにやと自分でもどうかと思うような笑顔でシズちゃんに笑いかける
眉根を寄せる姿が想像通り過ぎて笑える
きっとすごく悪い顔
サイケと津軽島くんには見せたくない
(でもどうしよう、楽しい)
「まあ君には分からないだろうねぇトムさんや幽くんっていう気のおけないひとがいるんだから」
気味が悪いだろ、キレるか、ドン引くか
どうやって二人が食事を終える前に追い出そうか
頭の中でくるくると選択肢とルートが浮かぶ
「…………?」
「さみし、かった…のか…?」
「ぷっ」
「くは、はっあははっ」
「なっ……!」
「しっシズちゃ、あはっ」
やばいツボ入った、とまんのいんだけどこれ……!!!
キョトンと目を丸くして、小首を傾げてそんなことを
シズちゃん可愛すぎるだろ…!!
まだちょっと状況把握できなくて頭にハテナ浮かべてるし…!いくつなの幼稚園児なのなにこれ狙ってんの?シズちゃんが可愛いとかウケる…!
「っ……はぁ、もうだめ、っ…はう、つっつがるじまくっ…サイケ…っ…!助けてっ」
「はぁ!?」
ガタッ
「臨也くんっっ!!!!!」
だっ!とサイケが駆け寄ってくる
同時に津軽島くんがシズちゃんの首根っこを掴んで放り投げ
投げた……!!シズちゃんがいつもやるみたいに……!ひょいっ、っ…て
シズちゃんが浮いた……!
「ひぃっ、つ、つがるかっかっこい…ふは、ふっシズちゃんが浮いっサイケもうだめ、俺死ぬ、死んじゃうっ」
「「ええええ!?」」
「臨也、死んだらだめだ!」
「臨也くん死んじゃやだぁぁあああ!!!!!!」
「…………」
「っ、は…はぁ、っはあ、ひっ…く……!」
目をぱちぱちと瞬かせるシズちゃんが目に入ったけど必死に目を逸らした
これ以上は無理、本気で無理、絶対無理
腹筋やばいまさかこんな形でシズちゃんに殺されるなんて
殺気がぶわっと部屋中に充満した
ごんっ
「………シズちゃんが原因なんだから感謝したりしない」
ツンと自分の声が自分に似合いの可愛くない台詞を音にした
潤んだ瞳でにらんでも可愛いだけだと思うけど、もうサイケかわいい安心したみたいにずっと無言で抱き締めてくる津軽もかわいい
ああつかれたシズちゃんからかう余力もないや
シズちゃんのたぶん相当手加減したであろう拳骨でやっとおさまった。正直すごく助かった、お腹いたい。ツボに入ったときってなんでこんなどうしようもなくなっちゃうんだろう、たまにシズちゃんって本当に俺の予想なんか及びもしない反応してくれるんだよな……こういうとこだけはちょっと面白くないことはない、腹筋が崩壊するほど爆笑したあとに言うには見栄を張りすぎてる気もするけど……いや今回はちょっとかなり面白かった、うん
「いやいや、助かったよ…ありがとうシズちゃん」
「助けたつもりは一切ねぇ、うるさいうぜえテメェは言葉なくしね」
「臨也くんにしねとか言うな!!」
「はは、シズちゃんは言っていいの。ありがとサイケ」
でもサイケはそんなひどいこと言わないでね
そう言って頭を撫でると絶対に言わないとうなずいてぎゅっと抱きついてきてくれた。素直で可愛い、いいこいいこ
シズちゃんを睨むのをやめたサイケに安心してもうひとりのいいこに笑顔をみせる
「………」
「……津軽島くんもありがと、もう大丈夫だよ」
「……臨也がしんだら、嫌だ、すごい、いやだ…こわいこと言うな……!!」
「…津軽島くん……」
あ、やばい
顔熱くなってきた、
なんでこういう可愛いことをかっこいい顔でかっこいい声でそんな潤んだ目で言うのかなぁ
恥ずかしいんだけど
ていうか、
「………」
(これはちょっと可哀想かも)
自分と同じ顔が俺を心配したり俺に抱きついたりしてるのとか死にたいだろうな
もしサイケがシズちゃんに「死なないで!」とか言って抱きついてるのみたら確実に一週間は悪夢にみまわれるだろうこと請け合いだ
でもサイケも津軽島くんもいいこだからな……先に出逢えてほんとよかった
「ノミ虫」
「なぁに?」
「こっち、座れ」
「は?」
「………自分と同じ顔がそういうことしてんの見ると吐き気がすんだよ…!」
ここにあるもんぜんぶぶっこわしちまいそうになる
低い声を震わせたシズちゃんに「ですよね」と返したくなる。すっと立ち上がるとぐっとふたりに引っ張られた。
「シズちゃんは何を考えてるの?ここは臨也くんの家なんだよ、気分が悪いなら帰ればいいだけじゃんか。ね、臨也くん」
「へ…あ、えと」
「っていうかドアを壊したことへの謝罪をまだ聞いてないんだけど。悪いことをして謝れない子は臨也くんに嫌われるんだよ、臨也くんに好きになってもらう努力もしてないのになんで臨也くんに命令なんてするの?シズちゃんはそんなに偉いの?偉かったらなにしてもいいとでも」
「さ、サイケ?」
「なぁに、臨也くんっ」
つらつらと、一度も噛むことも息をつぐこともなく心底不快気な声色で言ってみせた
え、なに今の
サイケ?
サイケが言ったの?
まるで何事もなかったかのように俺に抱きついてくるサイケはいつも通りに可愛い、可愛いけど
「サイケ」
「?」
「えっと、いま…」
「?」
「………っなんでもない、サイケかわいいっ!」
「!臨也くんもかわいいっ」
可愛いけど、けどじゃない、ほんとに可愛い!
ぎゅっと抱きしめるとぎゅうと抱き締め返される。
サイケが長文を話すのなんか初めてでびっくりしたけど考えてみたら全部俺が教えたことなんだよね、本当にいいこ…!
もし今のが悪い言葉だったとしてもサイケがこんなにかわいいんだからもうなんでもいいや。
「と言うことだから帰っていいよシズちゃん」
「まだなんも終わってねぇだろうか!つうか離れろっつってんだよ!!!」
「「怒鳴るな!」」
「っ…テメェら」
「………あー…シズちゃん。」
声を揃えたふたりにシズちゃんの顔が硬直する
あー…これはヤバい、よくない
「ごめん。明日ちゃんと説明しに行くから今日のところは見逃して」
「…………ふざけんなよテメェ」
「っ臨也くん、だめ、危ないよ!」
「行くなら俺達もついてく」
もう本当にいいこふたりとも…でもこれじゃ話が進まない
「…………津軽島くん、サイケ」
「俺今シズちゃんと話してるよね?」
「「っ……」」
「お願い、ちゃんとお詫びするから」
「チッ」
心苦しく感じながらふたりを制して言うと、舌打ちをしてシズちゃんが立ち上がった。
よく抑えてくれた、初めてシズちゃんに感謝したよ…ありがとうシズちゃん
続いて立ち上がった俺をふたりが引き留めようとしたのが目に入ったけどそのまま立ち上がってシズちゃんを見送る
玄関でじゃあまた明日と手を振ってなんとも機嫌の悪そうな凶悪な顔をしているシズちゃんに苦笑した
(会いたくなんか、ないだろうにね)
今日だってなにしにきたかしらないけどやむを得ない何かがあったんだろうに
こんな訳のわからない状況を見せつけられて今日ばかりはシズちゃんに同情するよ
はぁ、とため息をついて部屋に戻るとサイケと津軽がソファーの上に正座してちっちゃくなってた
「…………」
「…………臨也…」
「………臨也くん…」
「……ごめんね、津軽、サイケ」
「「っ………!」」
「俺が助けてって言ったから守ろうとしてくれてたんだよね、怒ってごめんね」
「っ臨也は悪くねぇ、よ!」
「俺たちがお話の邪魔しちゃったんだよね……!ごめんね臨也くんっ」
「………怒ってない…?」
「「ないっ!!」」
「……ありがと」
怒ってない?
だって。
ああもうほんとう
(どうしちゃったんだろ、俺)
嫌われるのが恐いなんて、高校に入学してすぐ克服したと思ったのに。
ふたりのうでの中で苦笑して目蓋を閉じた
(やっぱり、愛しい)
end
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