きゅう


『また明日ね』




「お邪魔します。」

「チッ」



自然と出た舌打ちを気にすることもなく臨也が高そうな紙袋をお土産だと俺の胸に押し付けた。

ふわりと甘い香りがしたのは紙袋のせいだ、当然、言うまでもなく。

臨也のと比べれば狭い自覚がある部屋に文句を言うこともなく足を踏み入れる姿に胸が変な騒ぎ方をした。

「…座ってもいいかな」

「…勝手にしろよ」

言うと足元に視線を巡らせて小さなテーブルの横にぺたんと臨也が座る。しくじったと思った。座布団くらい出しておけば…床に掃除機かけるときに全部直してそのままだ。今さらわざわざ出せねぇしと後悔していやいやいやいやと自分で自分に全力で突っ込みを入れる。

ノミ虫相手に何考えてるんだ、こんな奴、床で十分だ。グラスに麦茶をいれて無言で臨也の前に置くとぱっと臨也が俺を見上げた。驚いたような顔をされてなにかと思うとふいと今度は顔を背けられる。

「……ありがと」

「………」

耳を疑った。テーブルに麦茶を置いただけだ、臨也に嫌味でない礼を言われた。

別に、ノミ虫だって一応来客には違いないから、ああやっぱり今からでも座布団出すか。自分にはなんともなくても、きっとこいつには床は固いし冷たい。

「昨日の、ことなんだけどね」

「あ、」

「…どうかした?」

「いや、」

そうだ、異様な光景のせいで忘れてた。この異様な光景を作り出すことになったきっかけだ。臨也の部屋に居やがった、臨也と同じ顔の白いガキみたいなのと、自分と同じ顔の青い男。

「昨日も軽く触れたけど、よく似ているだけで赤の他人だよ。遠くから来たんだって言ってた」

「遠くから、ってなんだよ。テメェが掴めねぇわけねぇだろ」

「どうだろう、調べてないから分からない」

「ああ?」

「別に、どこから来たなんてどうでもいいだろ。こっちに来たはいいけど、行くあてがなくて困ってるって言うからうちに来るように言ったんだ。」

「…いつからテメェはンな親切になったんだ、臨也くんよォ」

「…………」

臨也がごくんと安い麦茶を飲み込む。

常にない強張った表情は、これから言うことがこいつには不釣り合いな真摯な解答だと示しているようでなぜか面白くない気分になった。

誰かのために、自分よりもずっと浅い付き合いの誰かのために、出逢って初めて自分に真摯になる臨也、がどうしようもなく不愉快に感じる。

「た 助けてくれたから…」

「ああ?」

「危ないところを、津軽島くんが助けてくれたから…お礼に、うち居てもらってるんだ。」

ぽお、と頬だけが赤くなる。

なんだ これ、

「……」

「だから、あの子たちを使って悪いこととか、君に迷惑をかけるようなことはしないよ。約束する。」

「……信用、すると思ってンなこと言ってんのか」

「…してくれないだろうね。君は」

ふう、と臨也がひとつため息を吐いて立ち上がる。おい、と手を掴むと眉をヒクつかせて無理矢理の笑顔で手を弾かれた。

「来るだけ無駄だったね。時間を取らせて悪かったよ。昨日は引いてくれてありがとう。」

「は?」

「信じてくれないなら、何を言っても同じだろう?勝手に想像して思い込んでくれればいいよ。俺も勝手に彼らを守る」

「……似合わねぇこと、言ってんな」

「大事なんだよ、あの子達が」

「っ………」

はっきりと、言い切った。
帰る、帰ってしまう。

先程までの重たい苛立ちはざわめきに上書きされて鳴りを潜めた。

「…信じる、とりあえずこの件では信じてやる。から、ちゃんと説明しろ」

「………他に質問は?」

「危ない、ってなんだ。テメェは姑息な手ぇ使ってどうにかすんだろ」

「……多勢に無勢でね。まぁやられてやる気はしなかったけど、うん。」


「津軽島くんが、」

「…………」

津軽島くん、と名前を口にするときの臨也の顔がどうしようもなく嫌いだ。もうそいつの話はやめろと言いたいけど、言えば今度こそ臨也は帰るんだろう。『津軽島くん』が待つ部屋に。臨也を後ろから愛しげに抱き締める自分と同じ姿の男を思い出すと腸が煮えくり返りそうになる。

「あの、ガキは」

「ガキ?」

「テメェと、似てる方の、ガキ」

「サイケは津軽島くんの連れだよ。君には少し口が悪いように聞こえたかもしれないけど、とてもいい子なんだ。純粋無垢で天真爛漫で、それに素直だ。君にきつく当たったのだって、俺を守ろうとしてくれたからなんだよね…だから、あの子を怒らないであげてほしい」

「………やけに庇うな。」

「彼は、シズちゃんには勝てないから…」

「………!」

また、だ。また。さっき津軽島の話をしていたときと同じ顔で、臨也が目を細める。愛しくて仕方ないものを思い浮かべるように、そいつの話をする。

津軽島と、サイケ。

「別に、殴らねぇよ」

「そうしてくれると助かるよ。俺達と違って平和主義だから彼等は」

「………」

俺も暴力なんか嫌いだっつってんだろ、と声をあげなかったのは、このタイミングで言うとだから俺にもその顔をしろと言ってるような気がしたからだ。言葉を呑み込んで、代わりに


「昨日、よ」

「ん?」

「俺がドア蹴飛ばしたから、あいつらキレてやがったんだよな」

「……まぁそれもないことはないけど、」




「謝りに、行きてぇんだけど」

「………はぁ?」


頭のほんの片隅にしかなかったことを引っ張り出してまで臨也の手を掴む。

なんていう不可解な行動、と自分で理解が不可能なのに、この行動の意図を表す単語だけを自分は知っている。


(臨也をあいつらのところに帰さないための、『言い訳』で『悪足掻き』だ。これは)


どうしてそう思うか

まではまだ自覚も意識も追い付かない



end



2012/9/10

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