羽根の生えた天使
まるで背中に羽根が生えたみたいね

自分が知る中では最も優秀で麗しい秘書にそう言われて、確かにそうかもしれないと妙に納得してしまった。

「紀田君、おまたせ。」

「…臨也さんって意外とダサくないですよね。普段黒一色だから相当センスないんだろうと思ってました。」

「む、失礼な。TPOくらいわきまえますー」

「あれでしょ、マネキン買いしてるんでしょ。せっかく服買っても毎回同じ組み合わせになってるパターンでしょ」

「そ、そんなことないよ。それはシズちゃんだよシズちゃん」

「静雄さんはどれだけトリッキーな組み合わせでも平和島静雄ってだけで格好よく着こなせますよ。臨也さんは所詮175p…」

「うるさいよ170p」

「俺は成長期なんでまだまだ伸びますー、おじさんと一緒にしないでくださいー」

「………波江さんにチクってやる」

「えっ!?」

俺が紀田君の鳩尾を強打して気絶させた日、わざわざ嫌な言い方をしなければ俺と紀田君が二人で遊園地に行った日からひと月と二週間近く、ほとんど毎日のように紀田君に会ってるような気がする。

今までも仕事だったり食事を作ってもらったりでよくうちには来てもらっていたけど、二人で出掛けることが多くなった。

俺が紀田君を気絶させてまでなかったことにしたかったイレギュラーの記憶は無事に隠滅することができたらしく、紀田君は俺のよく知る紀田君に戻ってくれてほっとしている。本当によかった。

「臨也さん、はい」

「はい。」

「…はい。行きましょっか」

「うん」

ひまわりのような笑顔と一緒に差し出された手を取るのにも慣れてきた。こういうことを思うのは少し気が引けるけど、紀田くんは思いの外ちゃんとした紳士さんだ。俺がエスコートしなくても任せれば楽しませてくれる。

「今日はどこに連れて行ってくれるの?」

「どこ行きたいですか?」

「うーん…今日は夕方シズちゃんとごはんだから、あんまり遠くはしんどいかなぁ」

「17時に予約でしたっけ?じゃあ先にごはん食べてカラオケ行きましょ。臨也さん俺の歌聞きたいですよね!」

「あは!そうだねぇ聴かせてもらおうかな。」

「任せてください。」

ぶん!と繋いだ手をひとふりして歩き始める紀田くんに歩調を合わせてついていく。

当然と言えば当然のことなのだけれど、通常モードの紀田くんはシズちゃんのことを話しても泣き出しそうになったりはしない。

シズちゃんと会うのはひどく久しぶりだ。

シズちゃんを最優先に考えるのをやめてみると自分は意外と多忙だったようで、シズちゃんが休みだから会わないかと提示した日はいつも先約が入っていた。だいたいが四木さんかこの可愛い紀田君なのだけれど、これがまた心地よくて断られると分かってシズちゃんを誘う必要性が感じられなくなった。

気にしないでと言ったことは正解だったみたいで正直内心で安心している。あれからシズちゃんはうちに来ることが無くなって、会おうと思った休みにだけ連絡をくれるようになった。嬉しいことだ。「いやみか」と曲解される可能性だって十分すぎるほどにあり得たのだから。

「………今は、俺との時間ですからね!」

「あは、分かってるよ。」

嬉しそうに紀田君が笑う。
自然と笑ってる自分がいる。

波江さんはやっぱりすごいね。

(心に羽根が生えたみたい)

いまならシズちゃんのこと、もっと受け入れられると思うんだ。

勝手に縛られて、期待して、当たって

嫌われる前に気付けてよかった。

ねぇシズちゃん、はやく会いたいよ。
俺ね、変われた気がするんだ。


(俺と恋人でよかった、って思ってもらえたらいいなぁ)


変えたのが誰かなんていうのは、
きっとどうでもいいことだよね






何も変わらなかった。でも、すべてが変わってしまった。

「久しぶりだね、シズちゃんとごはん。」

「………おう」

「でもよかったの?二人で外食、嫌がってたのに」

「別に、嫌がってねぇよ」

「そうなんだ?知らなかった」

小さく微笑んで、臨也がクリームソースのかかったオムライスにスプーンを入れる。見慣れた笑顔、だ。

一口一口、おいしいと顔を綻ばせながら臨也が食事を進める。「食べないの?」と首を傾げられてスプーンを手に取る。

一口一口、臨也と同じクリームソースのかかったオムライスを口にしても臨也は何も話しかけてこない。臨也が作ったものじゃないから、「おいしい?」と聞いてくれないのだろうか。

臨也が来たがっていたはずの店だった。『シズちゃんこの店、好きだと思うんだ』『今度、二人で行こうよ』隣に座って雑誌を指差す臨也に、なんて言ったっけ。
何気ない会話だったから、自分の反応すら覚えていない。

「………うまいな」

「ね。デザートもおいしいんだよ、プリンに生クリームが乗っててさ。シズちゃんきっと好きだろうねって話してたんだ。」

「…………」

だれと

聞けばあっさりと答えるだろう質問をしたところで、自分はそれにどう返せばいいかを知らない。

口に運んだオムライスは味がしない。強いて言うなら卵とケチャップライスの間に溶けているチーズがいつまでも口内に残って不快なくらいだ。

こんなものをおいしいと、誰かと笑い合って食べたのか。

(俺のことを、誘ってたのに)


一ヶ月と二週間

最後に臨也が『俺のために時間をとった』日から自分には十一回の休みがあって、同じ数『ごめん、先約があるんだ』と断られた。

断られる度にすがりたくなる焦燥、不安に襲われた。今まで何の躊躇いもなく足を運んでいた臨也の家がひどく恐ろしいものに思えて

「…………」

もぐ、とスプーンを口に運んで臨也がまたおいしいと繰り返す。こうだった、だろうか。

自分が黙れば会話がなくなってしまうほど、臨也は食事に集中する人間だっただろうか。

もやもやいらいら

名前をつけることの出来ない感情が神経を侵す。

「……ヴァローナも、好きそうだ。」

怒れ、前みたいに。

まだ同じことを言わせるのかと常にない苛立った声で、自分を睨み付けろ。

そうしたら悪かったと

傷つくなんて知らなかったんだと


「そうだね、女の子にはサービスでサラダが付いてくるらしいよ。」

「………そう、か」

「うん。」

きっと喜ぶよ

喜んだのは臨也自身か、臨也が連れてきた誰かか


ぱちりと瞬きをして臨也がポケットに手を当てる。「ごめん、電話だ」という呟きと目配せに大丈夫だと答えて初めて、臨也が自分と居るときに着信を告げたのは初めてだと気づいた。

偶然だとは、思えない。

もしもし、

柔らかい口調は変わらないまま意識が電話の相手に向けられる。

だれ、なんのようじ

いまにも溢れそうな言葉を飲み込んで携帯電話を見つめると、きらり。臨也の携帯についたストラップが反射した。

ストラップをつけるなんて珍しいな…少なくとも自分が見たのは初めてだ。こういうのが、好きなのか。徐々に焦点を合わせて、ピンク色のガラス細工の造形を視覚が認識して、

記憶のどこかと、綺麗に重なった。

「ッ………!」

「ああ、ありがとう。悪いけどシズちゃんと一緒だから、……うん、分かってるよ。俺も紀田君と遊びたいよ。また連絡するね」

「…っ、」

「ごめんねシズちゃん、紀田君って事務所で働いてもらってる子なんだけど」

内容、内容が、全く頭に入ってこない。でも、でも、いつだった?

目の眩むような頭痛は、ほんの少し前に経験した気がする。

「……、それ、どうしたんだ」

「え?あっこれ?」

きらきら、ストラップの反射に合わせて臨也の瞳がきらきら輝く。

「可愛いだろ、これその紀田君にもらったんだよ。ほら、この前遊園地……あ、そういえば言ってなかったよね。シズちゃんたちが遊園地に行った日、実は俺たちも遊びに行ってたんだ。」

「小さいジェットコースターの近くにシューティングゲームがあってね、『臨也さんああいうの好きでしょ』って何回も何回も挑戦してプレゼントしてくれたの。嬉しかったなぁ!」

「あんまり携帯になにか着けるの好きじゃないんだけど、紀田君が着けてほしいっていってくれたから……ふふ、可愛いよねぇ、本当に。」

なぁ、臨也

お前自分がいまどんな顔してんのか分かってんのかな

俺に仕返しがしたくて、わざと見せつけるようにそんなことしてんのかな


たぶん、違うよな


「…………」

「シズちゃんのストラップも可愛いよね、田中トムやヴァローナとお揃いの。」

「あ、…っ」

指を差されて咄嗟に携帯を隠す。なにを、してるんだ。

「……?盗らないよ?」

「わ、分かってる」

「?」

知ってる。もうお前はこんなのに興味を持ちはしない。

やめろ、やめろよ、やめてくれよ


そんな、優しい顔でみないで

「お互い、いい後輩がいてしあわせだねぇ」


笑う恋人に、ああそうだなと思ってもない言葉を返すことしかできない

恋人、なぁ恋人だろう



(人間を愛するような瞳で、俺をみないで)


まるで、どうでもいいみたいな
穏やかな瞳で




end



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