誰にも内緒の相談相手
「四木さん四木さん、みてください可愛い」
「ええ、可愛いですね」
「よしよし。ふふ、四木さんと猫カフェ来れるだなんて思ってませんでした。にゃーさんお好きだったんですね。」
「…ええまぁ」

足元に3匹、膝に2匹、肩に1匹。人間にも猫にも大変おモテになるようだ。

「猫は正直で羨ましい限りです。」
「四木さんは嘘つきですからねぇ」
「…………」
「にゃー」

無邪気な顔で笑いながら臨也が肩に乗る猫の首を撫でる。みゃあと擦り寄る猫も嬉しそうに見えるのはきっと事実なのだろう。猫を見る臨也の目は慈愛に満ちていて臨也も猫も蕩けてしまいそうだ。

「…嘘つき、ですかね」
「俺もだからいっしょですね。」
「一緒…ですか」
「人間は嘘つきなものです。」
「そうですね」

仕事でもないのにこんな場所に誘っている理由を正直に言ったら案外一途らしいあなたは来てくれないでしょうから。

「……折原さん」
「?」
「上に火の粉が飛ばないような話でしたら、私はあなたに付かせてもらいますからね」
「…それは恋バナとかそういう話ですか?」
「ええ、なのであまり一人で考えないで下さい。」
「………」

背もたれに体重を預けながら言うと臨也がまいった、というように両手をあげて首を振る。大袈裟な身ぶり手振りは幼さを際立たせていて、ゆるやかに空気が滲んでいくのがわかった。

「四木さんはなんでも分かるんですね」
「分かろうと努力していますからね。好きな人のことはなんだって知りたいものでしょう」
「…からかわないで下さい、もう」

淡く頬を染めて臨也が目を泳がせる。からかっているつもりはないが、勘違いに頬を染めてくれるなら悪くはない。

「………四木さんも、悩みのひとつなんですよ」
「というと?」
「恋人でもない人に優しくされると、恋人なんだからって高望みしてしまって…アイツは何も変わってないはずなのに…」
「…変わった男ですね。折原さんと恋人になれたら自然と変わりそうなものですが」
「俺なんかで変わりませんよ。俺がどうにか出来るのなんてせいぜい俺以外の誰からも話を聞いてもらえないような寂しい子だけです…」
「誰でもよかったわけではないでしょう」
「……それでも、俺以外が近付けば、すぐに俺なんて必要じゃなくなるんです。家族でも、友人でも、先輩でも、後輩でも、…恋人なんてできたら、俺なんてなかったことにされるかもしれない。その程度ですよ」

どこか拗ねたように口を尖らせる男の脳裏には恋人であるあの男しかいないのだろう。だからこそ、自分相手に平気でこんな内容を話すことができる。
もしここで自分がそんな奴とは別れてうちに来なさいと告げれば、二度と相談など持ち掛けて来ないだろう。そう自分が理解していることを臨也も無意識だろうが理解している。その制約にも思える臨也が自分に対して抱く無意識の理解を崩さないように、しかしその方向へ導けるように。

「折原さん、それは私に対する嫌味と受け取った方がよろしいですか?」
「えっ?」

こういう展開のときは察しが悪い。それが一層可愛いのだから本当に困った人だ。

「貴方が高校生の時から懇意にさせていただいてる私は、他に誰も相手にしてくれる人物が居ないから仕方なく貴方を選んでいるとでも言っているように聞こえましたが」
「…………」

じわ、と臨也の顔に朱が差す。さすがにそこまでは

「その、あの、四木さんにはたくさん…選べる相手がいるのはわかってるんです…でも…でも、俺、頑張ります、頑張るんで…あのっ」



「浮気しちゃ…いやです」
「ッ………!」

ずるり、臨也の頭に乗っていた猫がフードに落ちる。真剣な顔をして何を言ってくれるのかと思えば、この人はいったい、なにを。

「し、ませんよ。貴方が居るのに、どこの誰に浮気なんて出来るんです?」
「…四木さんが浮気したら、俺、泣いちゃいますからね…、だめですよ、他の情報屋さんにこんな優しくしないで下さいね」
「……っ、しません、から。安心して、ください。」
「…………」

やはり、変わっている

こんなにも純粋な恋人を、他人の目に触れさせるなんて気が触れているとしか思えない

頭を撫でると臨也がよかったと目を細める。恋人でもない男にこんなことを許すならば、なにをもって恋人のつもりなのだろうか

(肩書きだけの恋人なら、)

「折原さん、次は水族館なんていかがですか?」
「っ!行きたいです!」
「……それはよかった。」


(相談相手のまま、奪ってしまおうか)





「………うめぇっす」
「そりゃよかった。」

結局、臨也の野郎は朝になっても帰ってこなかった。
仕事なんて放り出して臨也を待とうとも思ったが、あのままだったらあいつの姿を見た瞬間にぶっ殺しちまいそうだったからなんとか堪えて仕事に出た。どういうつもりなんだ、そんなに怒ってんのか。

電話越しの冷たい声、ヴァローナを遊園地に連れていくと臨也の誘いを断った日、あいつはどんな顔をしていた?

「っ、………!」


『あ、もしもしシズちゃん?おはよう、仕事中なら掛け直すけど』
「っ、休憩だから…、すみませんトムさん、ちょっと…」
「おー、今日大したヤマねぇからそっち優先でいいぞ」
「っす……テメェ、いまどこいてんだよ」
『シズちゃんがケーキ食べてるお店の向かい。2階だよー』
「はぁ!?」



「シズちゃん、おはよー」
「おはようじゃねぇよ、テメェなんで昨日」
「俺の不注意で部下が倒れたから介抱してたんだ。シズちゃんももしヴァローナを傷付けたら一生かけてでも責任取るだろう?いっしょいっしょ」
「は、あ?テメェはなにを」
「怒らないで。今日も俺、君に謝りに来たんだ。」



「昨日、変なこと言って悪かったよ。ごめんねシズちゃん、俺が悪かったんだ。」
「へんな、こと」
「覚えてないならそれはそれでいいんだけど、俺昨日つい君に高望みしちゃったっていうか…うん。君は君で居てくれればいいから、最初からそのつもりだったから」

臨也が紡ぐ言葉はあくまで優しく、雰囲気は受容的で
底冷えするような冷たさがあった。

まっすぐ、『なにも期待していない』と声が聞こえる。

「シズちゃんだって、だから田中トムやヴァローナが大事なんだよね。ああこれ、前にも反省したはずなのに…だめだな俺って」

臨也が言っていることの意味が全くわからない。ここでなんでトムさんやヴァローナの名前が出てくるんだ。

「なにが言いてぇんだ」
「謝りたかっただけ。悪いって自覚があるなら謝罪は早い方がいいだろう?」
「…………」

余計に分からなくなった。こいつは今、昨日一方的に電話を切ったことや電話が繋がらなかったこと、一晩自分を放置したことについて謝罪していただろうか?
謝られるべきそれらの件に関して、臨也は一息の説明で流してしまった。

「ふざけてんじゃ」
「あ」
「っ………!?」

ばちん!

「ごめん、今シズちゃんに触られたい気分じゃないんだ。そろそろ休憩も終わりだよね、お仕事がんばって」
「な、」
「あ、あとどうでもいいかもしれないけどシズちゃん次の休み土日だよね?俺用事あるから電話してこないでねー」
「は?」
「シズちゃんこの前ヴァローナと映画行っただろ?その映画を部下と観に行って、前に君を誘ってた創作料理の店でご飯食べる約束したんだ。日曜日は御得意様と水族館に、シズちゃん俺と水族館なんて嫌だって言ってただろ?その人は俺となら行きたいって言ってくれたから…あとはなんだっけ、遊園地、水族館、映画、ご飯…俺がシズちゃん誘ったのはこのくらいだったよね。まだあるかもしれないけど、ぜんぶ他の人と行くことにするからシズちゃんも気兼ねなく好きなときに好きな人と遊んでね」

緩やかな表情を一切崩すことなく、至極柔らかい口調で最後は思わず誰もが見惚れてしまいそうな微笑みでゆるりと手を振る。呆然と、声も出ない俺に「今まで我が儘言ってごめんね」と謝罪らしい言葉を重ねて。

「…………?」

ぱち、とまばたきが出来た時には臨也はもう居なかった。
我が儘、と、言った?

確かに臨也は我が儘だ。しょうもねぇことですぐに拗ねやがる。特にヴァローナの名前が出るとすぐに突っ掛かってきやがって、面倒なことこの上ない。

謝罪は、そのことについてだった?頭が痛い、考えたくない。好きにしろと言った?もう俺を誘うことはないと、そう聞こえた。

「え?」

俺を誘った場所に、誰かと行くと言った。隠すこともなく、まるで当然のことのように。それは、俺があいつに「ヴァローナを連れて行った」と伝えたときと同じ声で。ただの事実の伝達以外のなにも含まれていなかった。自分もしていることだ。いちいち拗ねる臨也を面倒に感じていた。自分が面倒に感じていたことを謝罪して、もうしないと言った。のに、あれ?

(俺は、なにしてたんだっけ)


ふと気付くと足元にはなにもなかった

足場なんて、とっくに崩れてしまっていた



end

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