バイタルサイン、異常あり
きっかけはいつだってほんの些細なことだ。

高校生のときからずっといがみ合っていた天敵同士が恋人同士に変化したのだって、ただただタイミングがそうさせたのだと僕は確信している。

だから、いつだってやめてしまえばいいんだと。

必要なくなれば切り捨ててしまえばいいんだと。

そんなことを思ってたなんて言ったら、君は怒るのかな。

「ねぇ臨也、静雄とはいつ別れたの?」

「…………は?」

「教えてくれればよかったのに。薄情だね君って」

「いや、何言ってるの?別れた覚えがないけど」

「………は?」

きょとん、と目を丸めたあと何を馬鹿なことをとでも言いたげに臨也が眉を顰める。

不機嫌を隠そうとしない素直さをどこかで愛しく思いながら、いやそうじゃないとハッとする。

いくら自分でも、そんな言葉がなんの根拠もなく口をつくほど話題に枯渇してはいないわけで。つまるところ今自分が臨也を不機嫌にさせた言葉にはそれなりの意味があったのだ。

どう伝えたものかと一息躊躇ってるうちに、臨也がスプーンをくるりと回してティーカップに口付けた。

「シズちゃんとは、うまくやってるよ。やっと、やっと距離の取り方が分かってきたんだ。別れるだなんて、適当なこと言うな」

「……それは、悪かったね。」

惚気られてしまった。失敗だ。適当なことを口走らなければよかった。

「もう誰かと二人っきりで会うのは控えるんじゃなかったの?」

「ああそれ、やめたよ。俺達にはそういうの、必要ないってわかったんだ。」

「必要ない、の?」

「うん。シズちゃんはお前みたいに束縛したいタイプじゃないみたい。」

仄かに雰囲気を和らげて臨也が笑う。なにが、と明確には出来ないけれど、臨也はなにか明らかに確かに違和感を纏っている。

注意深く観察してみても、なにもおかしいことなんてない。

「ねぇ臨也、なにかあったのかい?」

なら、むりをして付き合うなんて時間と労力の無駄だよ。

まるで別れて欲しいみたいな言い方だ。否定は出来ないけれど。

だって君、彼と付き合ってからこっちを見なくなった。

君がこうしてこの部屋でふてぶてしくお茶を飲むのは実に数ヶ月振りだ。友達として、さみしく思うのくらい道理だろう。

「何もないよ。なにも」

ああでも、しいていうなら

そう前置きをして臨也が背もたれに沈む。

「最近、シズちゃん、元気ないみたい…なにかあったのかなぁ」

「……君は覚えがないんだ?」

「付き合い出してからシズちゃんが嫌がることは極力しないようにしてるつもりだけど…どうだろう。シズちゃんからなにか聞いたらこっそり教えてね」

「………気が向いたらね。」

にっこり笑って、臨也がありがとうなんて似合わない言葉を吐き出す。

ああそうか、君はしあわせなのか。

あんな写真に揺らされないほど、いま彼と幸せなんだね。

なんてつまらない、
なんて、セルティに怒られてしまう。

それでも、だけど、俺は、

君が俺のことを見てくれなくなるくらいなら、君には歪んだままでいて欲しかったよ。

なんて言っても、君はきっと首を傾げて笑うだけなんだろうね。

きっかけはいつだってほんの些細なことだ。

ただの一度、君と彼のタイミングが重なってしまっただけで、
こんなにも簡単に、離れていってしまうのだ。

(知りたくなかったなぁ)

切り捨てられるのは、彼じゃなくて俺だったんだ。



***



「シズちゃん、ねぇなにかあった?」

となりに座る臨也が、上目遣いに首を傾ける。

きゅん、とずき、が同時に襲ってきて、自分は息ができなくなる。

「べつに。」

「俺に言えないことなの?」

言えるはずがない。

それに、言っても伝わらない。

だけど、それも言えない。

そんな答えがこいつの正解になったら、こいつは二度とこの質問を投げ掛けてはくれないだろうから。

「しん、らが」

「新羅?ああ、もしかしてシズちゃんも言われたの?腹立つよねぇ、なんにも知らないくせに。」

「は?」

「俺達には、俺達の距離があるもんね」

「っ、………ああ。」

立ち上がって、離れる。

そうだな、と。なんの事かも分からないのに、また突き放されたような感覚がする。

臨也の部屋に来るのは久しぶりで、空気が前よりも幾分か冷たい。

距離、ソファーと、パソコンと

手を、伸ばせない距離。

これが俺達の距離だと、言う臨也に、なんて言えば伝わるか。伝えることができるかが分からない。

近付きたい、そう言ってまた拒まれたら。

だってあの手は、俺を弾いて少年の手を掴んでいた。

あれから、臨也がいみのわからない謝罪を並べてから、自分たちには考えられない穏やかな時間だけが続いていた。

喧嘩することがなくなった。

怒ることがなくなった。

笑顔が薄っぺらくなっていくことに、気付かないでいられるはずがなかった。

『シズちゃん、』と口にする時の貼り付けたような笑顔が『紀田くんが、』と柔らかく崩れるのが日常になっていった。

今だって、会話しながら臨也の視線はきらきらひかるストラップに向いている。好きだろうと思った、だけど自分は手に取ろうとすらしなかった宝石のような猫のストラップ。

あの日、自分が臨也の誘いを断らずにいれば、こんな

こんな

「臨也、あのガキ、まだ会ってんのか」

「紀田くん?会ってるよ。昨日もごはん作ってあげたんだ」

「……飯?」

「うん。おいしいって言ってくれて嬉しかったなぁ」

「…………」

ああ、また。

おいしい、なんて。

自分だって、いつも思っていた。

振る舞われるたびに、これまで食べた何よりもおいしいと

これを食べれるのは自分だけだなんて優越感みたいなものを感じてた。

ああでもそんな簡単なことも、伝えたことはなかったんだ

俺は。

「また、作って、くれよ。」

「え?」

「テメェの料理、食いてぇ」

「………」

ぱちり

まばたきひとつがひどく丁寧で、時間が止まったような感覚に陥る。

「……た、たべたい、って、」

「………だめか、」

「だっだめじゃ、ないよ!」

だん!と、デスクを叩いて立ち上がった臨也の、顔が

いつ、いらいだ


こっち、みた

「だめじゃ、ない…けど、シズちゃん、そんなこと、初めて言うから…びっくりしちゃって……」

「っー……」


苦しい、息が。心臓が、どこにも血液を循環させてくれない。

酸素が足りない。

なんで、俺は


「っ、わ、シズちゃん?」

「臨也、なぁ、頼む俺が悪かった。謝る、謝る、から」

「え、あの、ごはんなら、謝ってくれなくてもすぐ作」

「あのガキと、紀田と」

「………紀田くん…?」



「あいつと、会うな、会わないで、頼むから…っ」



こんなこと、知らなかった。

だって、初めてだったんだ。

初めからそうしてくれたから、
言わなくても自分のもので居るのが当然なのかと思ってしまったんだ。

誰よりも自分を選んで、
他の奴なんか見ないで、

そう、臨也が何回も言って、伝えてくれてたはずなのに

苦しい




「シズちゃん、」



好きで、大好きで、どうしようもなくって、

やっと、やっと俺のになったんだ。

(今さら、お前なしでなんて生きれないんだよ)

息が、できない。



end




2013/01/09

展開が急すぎてついていけない


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