「流石、麻倉の陰陽師だ。褒めて遣わそう」

笑みを浮かべる貴族に、葉王は内心眉をしかめる。
いくら言葉でとりつくろおうとも、その本心はこちらにつつぬけなのだ。

(あんなモノを直ぐさま払うとは。恐ろしい。化け物め)

―――忌ま忌ましい。
苦虫をかみつぶした様な気分のまま、葉王はそう心の中で毒ついた。
けれど、そんな感情は噫にも出さずに貼付けた笑みで貴族の言葉に応える。

「……それでは、私はこれにて」
「うむ。ご苦労であった」

葉王を見送る貴族の使用人達から伝わる、嫌悪と恐怖。
それに辟易としながら、葉王は牛車を走らせた。一人になったとしても、感覚をこじ開けて周囲の人間の雑念はとめどなく捩込まれてくる。早く屋敷に戻りたかった。厳重に結界を施してあるあの場所ならば、多少はましになる。気休め程度ではあったが、それでも今よりは遥かに良いだろう。ぐるぐると脳を掻き回す雑念にけだるい吐息をついて、葉王はそっと目を閉じた。

「おかえりなさい、葉王さま」

静かに響いた鞠の声音に小さく首を傾けることで応え、葉王はそのまま門をくぐり、邸の奥へと足を進めていく。
歩みを進める度に僅かに響く、自身の着物の衣擦れの音すら今は煩わしい。しんと静まった邸の中を黙々と歩む足は止まらない。麻倉本邸の一番奥。そこにある葉王の私室へとただただ進んでいく。
早くひとりになりたい。
その思いだけが、疲弊した葉王の足を進ませる。

「葉王?」

開いた襖の向こう。その奥。
穏やかな声音を辿る様にぼんやりとしたまま振り返れば、目の前の少女は不思議そうに首を傾げた。
亜麻色の瞳は、真っ直ぐに葉王をみつめてくる。

―――嗚呼、彼女か。

頭痛で飽和した思考で思い、僅かに眉根を寄せた。この少女は、先ほどすれ違った鞠とは違う。疑問に思えば口を開き、気になることがあれば裾を掴む。
そういう娘だ。何に対しても、真摯で、真っ直ぐな、胸を開いて相手と言葉を交わすことを恐れない、そういう娘だ。
普段は好ましいその性質も、疲弊している今は煩わしい。何か言われる前に奥へ引っ込もうと、葉王はそのまま足を進めた。

「―――来い、葉王」

否、進めようとした。
腕を広げて当然の様に告げた彼女に、葉王は瞳を瞬かせる。
けれど、それも一瞬だ。僅かに瞳を細め、貼付けた様な表情で形だけ笑う。

「……なんだい、誘ってるの?漸く僕に抱かれる気になったのかな」
「寝言ほざいてんじゃねえよ。妙なことしたら金玉蹴り飛ばすからな。……いいから、さっさとこい」

自嘲する様に告げた葉王の言葉を、彼女はあっさりと切り捨てた。
そんな彼女に逆らうのも面倒で、葉王はのろのろと気だるげに近づいていく。目の前に立つと、葉王より頭二つ分小さな彼女は懸命に腕を伸ばしてその頭を自身の胸へと勢い任せに抱き寄せた。端から抵抗する気などなかった葉王の身体は、あっさりと彼女にのしかかる。少女はそれに一瞬目を見開いて踏ん張ろうとしたものの、結局葉王の体重を支え切れずにべしゃりと畳に倒れ込んだ。

「いってぇ…!」
「………君が引っ張るからじゃないか」
「お前がそんなにでけえからだろ!」

そう涙目で怒鳴る少女に、葉王は深くため息をつく。
正直、今は相手にしたくない。誰かと会話をするのさえ億劫だった。
少女を半分引き倒した様な姿勢のまま、葉王は口をつぐむ。そんな葉王に眼差しを向け、上体を起こした少女は、ぽつりと続けた。

「………とうちゃんが言ってたんだ。疲れたときは、かあちゃんにだっこされると落ち着く、って。オイラも………こうされるの、大好きだった」

とくん、とくんと、薄くて華奢な身体から淡い鼓動が伝わってくる。絹越しに触れる柔らかな体温。仄かにする、甘い匂い。
小さな柔らかい掌が、乱暴に烏帽子を毟り取る。引っ掛かった髪が何本か抜けたが、彼女はそんなことお構いなしらしい。無遠慮な手が無防備に伸びてきて、葉王の後ろ頭を驚く程優しく撫でた。

「ひっでぇ顔して。貴族って、めんどくさそうだ」
「…………」
「それでも、がんばったな。ご苦労さん」

同じ言葉でも、これほどまでに違う。
それはどこか、穏やかな安寧を葉王へとつれてきた。頭を撫でる指先が、艶やかな黒髪を柔らかく梳いていく。

「―――疲れただろう。おやすみ」

彼女の言葉へと応える前に、ゆるゆると瞼が落ちていた。
閉じた視界の中で小さく吐息をつけば、少女が吐息だけで淡く笑ったのがわかる。柔らかな温度に包まれながら、葉王はゆるゆると意識をほどけさせていった。
眠りの淵に落ちながら思い出したのは、母である麻ノ葉の掌だった。



純白に成り果てた



ただただ安らかに。

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2015.06.26

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