なんだかな、と少女は深く長い溜め息をついた。


麻倉の屋敷に連れてこられてから、早いものでもう半年が経とうとしている。
その間にしたことと言えば、葉王に阻止され続けた数えきれないほどの逃亡劇と、拾い物が趣味のような夫(仮)に呆れながらも付き合うこと、そんな彼が拾ってきた愛らしい友人の看病をし、食事をし、一緒に眠る。それくらいだ。貴族の才女らしきことは特に求められず、少女はすっとんきょうなことをする葉王を何かある度に怒鳴り、マタムネと戯れ、町とこっそり市へと繰り出して表情筋を駆使した満面笑顔の葉王にとてつもない早足(走って逃げたのにそれはもう早かった)で追いかけられて捕獲されたり、毬と菓子を摘まんで気に入りのものを見つけたり、神流に護身術を教わってみたりと、それはもう気ままに過ごしている。
自分自身でも「ちょっと馴染みすぎじゃないだろうか」と思うのは否めない。それが案外居心地が良かったりもするから困りものだった。

「……なんだい、難しそうな顔をして」

そう悪戯っぽく瞳を細めてみせる葉王に、少女は深い溜め息をつく。自分よりも頭二つ分背の高い男の頭が乗った膝は、随分と重い。何度いっても言うことをきかないので、かなり最初の段階で葉王が膝に頭を乗せて来ることに関しては諦めてしまった。葉王がみじろぐ度に、絹糸のように滑らかな黒髪が少女の着物の上を滑り落ちていく。相変わらず、何をしても妙に絵になる男だ。

「お前のこと考えてたんだよ」
「それはまた、随分可愛らしいことを言うじゃないか」

するりと自分の指に絡んできた葉王の指先を空いていた方の手で軽く叩き、少女はあきれた声で続けた。

「なんつーか、お前も飽きねえなぁと思ってよ」
「へえ」

ここ半年のあれやこれやを思い返してみても、なんやかんや、この男は少女のことを伴侶として扱い続けている。
ある日突然貧民街の外れで昼食の蝗を捕まえていただけの、「麻倉の子を生ませる」という、ただそれだけの気まぐれのような理由で拾ってきた少女を、だ。家を与え、食事を与え、着物を与え、お付きの世話係りの少女達までつけて。かといって、彼が最初に提示した「麻倉の子を生ませる」という事案に関しても、強行してくる気配もなければ、強制もしてこない。戯れのように抱き寄せられたり布団に潜り込んできた事はあっても、無理矢理肌を重ねようとはしてこなかった。それどころか、口づけすらもない。彼はただ、何かをひたすら少女に与え続けるだけだ。やせぎすだった身体にまともな食事と生活で適度な筋肉がついたとはいえ、所詮小柄な少女のそれだ。この男がその気になれば、片手で組伏せて押さえつけることなど造作もないだろうに。

「飽きないっつーか、良くわからんっつーか、なんつーか」
「ふぅん?」

うーんと首をかしげてみせる少女に、葉王はただ首をかしげてみせる。が、その口許は楽しそうにつり上がっていた。こういうところが、この男の油断ならないところだ。

「なんか、うーん……アレだな。なんかこう、居すぎちまったなっていうか?」
「馴染み過ぎじゃないか、みたいな?」
「そうそう」

自分の思考をそのままいい当ててくるような葉王のこういった物言いにも、この半年ですっかり慣れてしまった。むしろ、最近は「話が早くて助かるなぁ」くらいに思っている節さえある。

「きみは、本当」

そんな少女の思考を読み取ったかのように、葉王は楽しげに喉をならして笑う。不満だらけで開始したこの謎の結婚生活においても、彼のこの笑い方だけは、最初の頃からそんなに嫌いではなかった。掌や着物の裾で口許を覆い、瞳を細め、少しだけ肩を震わせる。顔を背けたときに溢れる前髪の感じや、そこからほんの少しだけ見える下がった眦。落ち着いた声が、僅かに跳ねて高くなる。そんな彼を見るのは、存外嫌いではない。
まぁ、何がそんなに面白いのかいまいち理解に苦しむのは変わらないのだけれど。

「きみといるのは、本当に飽きないなぁ」

そう小さな子供のように悪戯っぽく笑ってみせるこの男のことは、やはり嫌いになれそうにないと、少女はもう一度「なんだかなぁ」と深い溜め息をついた。



春待月



季節は冬。
春が来るには、些か早い。

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リハビリがてらいい夫婦の日ではおよ転生パロ(といいつつかなり前のログですすみません)

2016.06.22

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