※アンナさん独白 すごく短いです。 直接の言葉なんていらない。 その一瞬が在れば良い。 「あと少しで出かけるんだから、アンタも準備しなさいよ」 背中から聞こえる緩い返事を聞き流し、アンナは物音も立てずに自室の襖を開いた。 向かうのは化粧台だ。 ファンデーション、チーク、アイライナー、マスカラを始めとした、諸々の化粧道具達。普段は中々使うことのないそれに、ゆっくりと手をかける。 今日は久々の外出だ。まだ寒い空気の中を、二人で歩く。考えただけで馬鹿馬鹿しい。そう内心溜息をつく半面、らしくなくはしゃいでいるのが自分でもわかる。その証拠が、目の前の化粧道具に他ならなかった。 こんな寒い中出掛けようとする自分達も、まだ出かける準備もせずにのんびりと寛いでいる葉も、いつもの倍以上の時間を掛けて支度を整えている自分も、なにもかもが心底馬鹿馬鹿しい。 けれど、それでいいのだとも心の片隅で思う。 化粧をし、着る服を悩み、寒いと文句を言いながらでかけていく。 まるで、ただの少女の様だ。 自分に不釣り合いなその言葉に、アンナは淡く口端を緩める。葉に出会うまでは、なかったことだった。 「アンナー?」 「うるさい。今行くわよ」 襖の向こうから響く間の抜けた催促に短く答えて、部屋を後にする。 悩みに悩んだ服装は、精一杯背伸びをした化粧は、可笑しくないだろうか。そんな不安を押し殺す様に小さく深呼吸をしてから、ゆっくりと一歩を踏み出した。 まるで、ただの少女の様に。 「おお、きたか。オイラ待ちくたびれー…」 葉の前に立った瞬間。 自分へと痛い程に注がれる視線と、不自然に途切れた語尾には無視を決め込む。わざわざ指摘する様な、野暮なことはしない。そんな軽いジャブをするくらいなら、最初から右ストレートを叩き込む。 「お待たせ」 二の句をつぐ暇さえない程の、あたしの中の最高の笑顔で沈めてあげるわ。 緊張で高鳴る鼓動は振り切って、不安さえも押し殺して、余裕さえ滲ませながら強気に微笑む。 そうでもしなければ、コイツからの迎撃に堪えられない。 「……アンナぁ」 へにゃりと、相好を崩したダラシのない笑顔で、葉があたしを呼ぶ。 葉からは見えない位置で固く握りしめていた拳が、僅かに緩んだ。 そう、賛辞の言葉なんかいらない。 この一瞬が、在ればいい。 「行きましょ」 白薔薇を演じていただけ その笑顔の前でなら、誰よりも綺麗に咲いて見せるわ。 === 夫婦ははたからみるとお互い素っ気ないくらいなのに、根底では深く繋がってるプラトニックな感じが好きです。 2013.02.02 top |