※完全版後設定/ネタバレ・ねつ造含みます ミュンツァー兄妹視点で麻倉夫婦結婚記念日小話。短め。 祝福の言葉は何日も何日も考えた。 ただ、それと思いつくこととは話が別だ。今までにも"この日"を迎えたことはあるけれど、その時もやっぱり上手い言い回し何て思いつかなかった。事実が結果に付随することは、今までの短い人生でもあまりない。 「おはよう」 「お、おはようセイラーム」 ルドセブが満面の笑みで挨拶に答えると、彼の大切な妹は口元の端を淡く吊り上げて微笑んだ。 たったそれだけでも、ルドセブの胸の中には淡い愛しさが募る。セイラームと同世代の女の子達に比べれば、その表情はまだまだ乏しい。けれど、ルドセブにとってはそれだけで十分だった。言葉をかけても応えることすらなかったセイラームが、自分に向かって笑みを浮かべてくれる。それだけでいい。贅沢は言わない。以前のように笑って欲しいとは思うけれど、焦る必要はないのだ。 「なんとかなる」と、彼らに教えて貰った。 「なにか、手伝うこと…ある?」 「ん?ああ!今日はもうそこの花の水代えたら終わりだ」 「わかった」 「ん。重かったら手伝うからな。すぐに言うんだぞ?」 「大丈夫」 声を掛けながらセイラームの頭を撫でようとして、ルドセブは伸ばした手を中途半端な位置でぴたりと止めた。 今まさにセイラームが取り掛かろうとしていた作業。それとまったく同じことをしていたルドセブの掌は、花の水を取り替えた時に濡れている。おまけに葉っぱやらなんやらもところどころ手についていた。いくらルドセブが鈍いとはいえ、年頃の妹の頭をこんな手で撫でるのは憚られる。父親がいた頃のまま育っていたら、そうは思わなかったかもしれない。けれど、心を閉ざしたセイラームの世話をしている内に、ルドセブの中の妹の立ち位置はすっかり元の形を失ってしまっていた。 「あー…んっと、ちょっとだけまってな」 硬直したままのルドセブを、セイラームはじっと見つめてくる。 その視線で我に返ったルドセブは、自分の着ていた作業着でごしごしと掌を拭った。 あらかた綺麗になったことを確認してから、セイラームの頭をぽんぽんと軽く叩くように撫でる。それでも、小さな葉っぱが頭についてしまった。 何だか申し訳なくなってルドセブが謝ろうとするのを、セイラームが小さく制す。 「水代えたら、どうせ同じだから。だいじょうぶ」 『気にしないで』と言外に語るセイラームに、ルドセブは困ったように笑った。 いけない。ついまたやってしまった。 もう"あの頃"のセイラームとは違うとわかっている。それでも長い間の習慣から染みついた過保護さは、未だに自分から抜けないらしい。 「……そうか。怪我するなよ?今日は大事な日だからな」 「うん」 言い含めるようにルドセブが告げると、セイラームの頬が淡く色づく。細められた瞳は嬉しげだ。 パタパタと掛けていく妹の後姿を眺めながら、ルドセブは小さく吐息をついた。 すべては過ぎた事だ。 変化は既に起こっている。 ルドセブの身長も伸びたし、セイラームはわずかながらも笑みを浮かべられるようになった。 それだけの時間を過ごした。昔の様にとはまだいかないけれど、今はそれでいい。 大量の花を両腕に抱え、柔らかい肌に細かな擦り傷を作りながらも、セイラームはルドセブに助けを求めようとはしない。 だからこそ、ルドセブは何も言わずにただ見守ることにしている。 必死に変わろうとしているセイラームを、ルドセブの過保護な愛情が妨げることだけは無いように。 それは、とても歯がゆいことだ。けれど、その反面愛おしい事でもあった。 「………できたか?」 ふぅ、と小さく吐息をついて背筋を伸ばしたセイラームに、ルドセブはそっと声を掛けた。 気付いたセイラームは振り返り、頷く。それを見てルドセブも微笑んだ。 花屋を開いたのは、なんとなくだった。 少しずつつ回復の兆しがあったセイラームが、何気なく「……おはな」と呟いて、日がな一日花を眺めていたから。それだけだった。 けれど、それだけでよかった。 「よし、それじゃあそろそろ準備するぞ。手、軟膏塗って手袋しような。せっかくだから、可愛くしたいもんな」 「……うん」 小さな傷を作りながらも、セイラームは可憐な花の様に笑って見せる。 まだまだ小さな、綻びかけの蕾の様な笑みだ。 けれど、それでいい。焦る必要はないのだと、彼らはちゃんと教えてくれた。 「いこう、おにいちゃん」 「……おう」 小さな手を差し出したセイラームに、ルドセブはその手を握り返す。 細かな傷に触れないように、そっと。包み込む様に。 作業着から着替えた二人を待っているのは、別室に用意された大輪の花束だ。 あの二人の為に、葉とアンナの為だけに、ルドセブとセイラームが用意したものだった。 「兄さん、姉さん、結婚記念日おめでとう!」 「おめでとう」 奇跡の花と人生を へらへらとした緩い笑顔と、ツンと澄ましながらも照れを滲ませた横顔。 それが見れただけで、もう十分だった。 === 麻倉夫婦の結婚記念日をルドセイ兄弟に祝って頂きました。 夫婦まったく出て来ませんが、それでもおめでとうございます。 2012.03.20 top |